戸田字幕

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投稿日: 2011/02/23 19:02:50:JST
さんのコメント:
テリー・ギリアムの「フィッシャー・キング」で「Goodnight Manhattan!」というセリフを、「お休み。マンハッタンと私」と訳していた
「私」って…

投稿日: 2011/03/01 21:19:50:JST
こなんさんのコメント:
もういい加減やめればいいのに・・・
おばあちゃん、年だよ年

投稿日: 2011/03/03 23:38:40:JST
赤髪のクロさんのコメント:
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前の投稿への返答(返答日時: 2012/03/23 22:23:06:JST )
HAL9001さんのコメント:

投稿日: 2012/03/24 5:10:30:JST
tureddさんのコメント:
私はなまじっか英語がある程度理解出来るので、戸田字幕は鑑賞の妨げにすることが多いです。特に外人特有のジョークを日本のお笑いの言葉にすり替えたりして、笑を提供してくれるのは蛇足以下ですね。国民性が違うのだから、分からなければムリして笑わせる必要はないと思う。個人の仕事以上の依頼をこなす場合、ミスがあるのは仕方ないのですけど、余計な字幕は要らないと思います。私も業界にリンクする仕事をしているので今の戸田の業界のニーズの秘密は分かりますよ。昔、ハリウッド・スターは日本のマーケットをバカにして、来日プロモなどとんでもない時代もあったのですが、状況が一転してT様のようにスターが毎回来日するようになりました。よって、記者会見で通訳が必要になってきます。彼女はそこで常に業界関係者の前に出るので、バカなマスコミの一部が人気者と勘違いしたのです。確かに「女ヨドガワ」的なキャラはあるので映画の内容に興味のないバカには目立つんですね。彼女の翻訳が認められたわけではなく、なんとなく人気者のような気がしたんですね。人気がなくても、事務所の力でCMとか出ていると、人気者と勘違いする人、日本には多いでしょ。昔、ロバート・レッドフォード(だったと思う)の来日記者会見で、小森和子が色々自己PRを含む質問をしたところ、通訳の彼女はDo you remember me?で片付けたので、おばちゃまも周囲もびっくりしたことがありました。その程度なんです。だから、通訳としても困るんですよね、あの人がいると。だからといって、彼女がどんな仕事もとっているとは思いません。むしろ、作品に合った優秀な通訳や翻訳家を使わない映画会社の問題を危惧すべきだと思います。

前の投稿への返答(返答日時: 2012/04/06 23:35:21:JST )
Chopin's Thirdsさんのコメント:
NHKのテレビ用字幕はテレビ用に字幕訳を作り直します。まったく同じ字幕訳で再放送ってのも昔はありましたが、最近、特にBSでは契約の関係なのか1回ごとに字幕がオリジナル訳というか、使い捨てだったりします。

現在のBSのルールは知りませんが、以前よく言われていたのは劇場用の字幕が台詞1秒につき4文字に対してテレビ用は3文字。もちろん昔のテレビ放送では解像度や画面サイズの制限もありましたから、字幕も画面に対して大きめでした。

また、テレビには放送禁止用語から避けたい表現までいろいろあります。バーバーでさえ床屋さんではなく理髪師のほうが望ましい、という世の中ですから、文字数以前の制限も多々あります。

個人的には外国人の日本語字幕批判は言語的な「訳」のことばかりで好きではありません。『カサブランカ』の「ドイツ人だ」字幕を批判した外国人がいましたが、普通の日本人観客は台詞として訳されていないドイツ兵同士の会話がドイツ語で交わされていることを耳で理解できないのですから前後の説明も兼ねて、映画鑑賞には極めて妥当なサービスだと思われることでも、「訳」だけとらえて声高に鬼の首を取ったかのように「誤訳だ!」と叫ぶのは止めて欲しい。

それより何より、日本語には日本語なりに読みやすい、映画鑑賞の邪魔にならない語順もあれば、それによって省略可能な主語や目的語もあるのですから、字幕を語るのに「訳」としてだけ語る風潮、僕はどうかと思います。

前の投稿への返答(返答日時: 2012/04/06 23:41:55:JST )
Chopin's Thirdsさんのコメント:
お気持ちは分りますが、高瀬鎮夫や清水俊二らは「字幕屋」でした。訳がこなれているを超越した字幕でした。字幕はごく僅かの仕事しか拝見していませんが『刑事コロンボ』の吹替え翻訳で知られた額田やえ子さんの字幕は、字幕屋の更に上を行くこなれた訳でした。

転じて戸田さんやらはおっしゃるように「翻訳者」。比較になりません。一応、戸田さん、清水俊二さんのお弟子さんみたいな形でデビューしておりましたが。

前の投稿への返答(返答日時: 2012/04/07 0:10:26:JST )
Chopin's Thirdsさんのコメント:
>字幕の字数は、おそらく現在は昔より多少多くなっています。

そうでしょうか?
戦後ある時期まで、スタンダードサイズの映画しか存在しなかった時代は画面右端に縦書きで1行13字だったという昔話を聞いたことがあります。

それが同じ画面サイズの上下にマスクを付けて横長にして上映する方式の(いわゆるビスタサイズ)画面が登場してからは1行10字となりました。ただし、これは35ミリ版のことで、同じ作品でも70ミリ版では横書き表示でした。

字幕に字数制限はありますが、訳などの都合でオーバーすることもあれば、アンダーにすることもあります。高瀬静夫の字幕は律儀に2行以内に収めてあることがほとんどでしたが、清水俊二の字幕は3行目まで出すことがよくありました。でも、昔の映画ファンはそんなことで文句は言いませんでした。もちろん、スポッティングの工夫などはされていたでしょうし、読み切れないほうが悪いという感じの雰囲気でしたし、映画がまだまだ「文化」でもあった時代の話です。

>必要に応じた省略、意訳、字幕独特の翻訳がなくなることはないです。

これは仕方がないことです。

ちょっとでも字幕訳をやってみれば分りますが、英語の台詞の意味やニュアンスと、字幕で出せる情報量や自分で作りたい「訳」とのギャップにもがき苦しみます。ひどいと、台詞で2つのことが語られているのに片方しか字幕で出せないということもあります。

字幕は俳句ではありませんから、目で見て即座に理解できる言葉遣いでないと邪魔になりますから。

>16字目いっぱい使っても、細かいニュアンスまでは伝わらない。

日本語にも漢字というスーパー兵器がありますが、英語の特異性に、少ない音節でいろんなことを表現できるという便利さがあります。従って、吹替え版で映画を見たとしても、その吹替え版が劇場用に、できるだけ俳優の口の動きに合わせて作られていた場合、テレビ用の広川太一郎吹替えみたいなことはできないので、意外と情報量はそんなに多くなかったりもします。

吹替え版のほうが訳としての情報量は多くなりますが、昭和の頃には当たり前だったような「話芸」で吹替えできるようなタレントを洋画配給会社は使わなくなってきていますから、ボソボソと少ない音節で決め台詞を語っていたクリント・イーストウッドの吹替えを、どんなに台詞を詰めて言っても分りやすい台詞で言えた山田康夫が担当するなどということも不可能な時代ですからね。どんなに吹替え訳を工夫したところで、話芸も台詞術もないタレントが棒読みで吹替えて、それをデジタル処理でピッチそのままで短くしたり処理ても山田康夫ら舞台人でもあった昭和の頃のプロ声優のようは「芸」はないのですから、期待しすぎはよくありません。

投稿日: 2012/04/11 19:47:21:JST
[Amazon.co.jpにより削除済み(削除日時:2012/04/12 10:07:55:JST)]

投稿日: 2012/04/11 19:51:50:JST
投稿者により編集済み(最終編集日時:2012/04/11 19:56:58:JST)
Chopin's Thirdsさんのコメント:
『ダイハード4.0』の戸田字幕をチェックしたら冒頭からおかしな訳がありました。

英語で「Just send one of the jugheads from the Academy. They'd be happy to pick this kid up.」(かなり酔っぱらった状態の警察学校生でも1人、送ればいいじゃないか。彼ら(=警察学校)もこのガキ(身柄確保対象者)を連行できるなら、と喜ぶだろう。)という台詞があるのですが(早口のためDVDの英語字幕では短縮した表現で表示)、字幕訳では

「警察学校出の新米でも送れ」となっていました。

訳以前の問題として、警察官であれば、巡査であろうと刑事であろうと、警察学校を卒業する必要があるのですから「警察学校出の新米」というのはスマートな表現ではありません。(エリートや事務職など例外はありますが、この台詞の警察官は普通の警察官のこと。)また、この作品はアメリカの独立記念日(7月4日)直前に始まるストーリーですが、戸田字幕の情報だと、まるで全てが年度の区切りで動いている日本式の警察学校制度のようなものがアメリカにもあるような前提で訳しているとはいえないだろうか?

警察学校から送れ、と言っているのですから、主人公のマクレーン(ブルース・ウィルス)が言っているのは、新米の巡査でもない、まだきちんと警察官とは認められていないし現場に配属さえされていない警察学校生(いわば「見習い警察官」)のこと。あり得ないことを冗談で言ってますが、マクレーンのキャラは第一作目から変わってないのですからシリーズ物ならではの工夫があってしかるべき。

また、この台詞が出て来るシーンは直前に夜中(未明)の3時、と明確に台詞で表現されています。そこで、jughead(かなりの量を飲んで泥酔状態にある飲んべえ)というスラングを活かす必要もあると思うのですが、日本語字幕しか分らない人には、マジなやり取りに思えるのではないでしょうか? 警察学校で肉体的にも鍛えられている若い奴らであれば、まだまだ飲んでいる時間帯、なのに自分は実の娘とも良好な関係を持てないオヤジ、という劇作上のコントラストが全くいきてません。

さて、一方の吹替え版の訳(悦田春介)では「警察学校の新卒で十分だろう。奴ら喜んでやる。」と字幕と同じノリであると同時に「新卒」という概念がアメリカ社会でも日本同様に存在するかのような前提が気になります。また「奴ら」は原語の "They" から来てるとは思いますが、それは the Academy(警察学校のこと)の代名詞であって、マクレーンが送れと言ってるのは見習い警察官1人だけ。単数です。吹替え訳だと、まるで新卒が何人も出動するようなイメージになっている点では誤訳であり、不適切。

吹替えの方が情報量が多くて正確とは限らない事例でもありました。
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最初の投稿:  2010/07/13
最新の投稿:  2012/04/11

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