柴田元幸さん特集:ほんとうの翻訳がわかる


オノマトピアを効果的に
会話文をうまく訳す
印象的な書き出しを、印象的な日本語に
調査に調査を重ねる
「目に見えてきたとおり」に

柴田元幸さん(アメリカ文学者、翻訳者、東京大学助教授)は、英米文学のすぐれた翻訳者・紹介者として知られるほか、エッセイの執筆でも独特の感性を発揮されています。「柴田元幸さん特集:ほんとうの翻訳がわかる」では、柴田さんの翻訳のすばらしさを英文対訳で紹介し(訳はすべて柴田さんによるものです)、外国文学を読む楽しさをお伝えします。きたむらさとしさんのユーモラスなイラストとともにご堪能ください。

(文:上杉隼人、絵:きたむらさとし、編集・構成:Amazon.co.jp)


オノマトピアを効果的に

Teeth have been gnashing at the edges of sleep, gnashing and grinding till the gates crash down. (歯が眠りの縁でぎしぎし鳴っている、ぎしぎし、ごりごり、ついに門が崩れ落ちる)――スチュアート・ダイベック「歯」(Stuart Dybek「Teeth」)

シカゴ生まれの作家スチュアート・ダイベックの非売品小冊子『The Story of Mist』に収録されている短編の一節です。gnashing(歯がぎしぎし鳴ること、鳴らすこと)、grinding(ぎしぎし磨く[引く、研ぐ]こと)はもちろん英語のオノマトピア(擬音語・擬態語)ですし、crash(ガラガラと壊れる、ぐしゃっと潰す)もそうです。ここではさらにgnashing, grinding, gatesとセンテンスの中で頭韻(alliteration)を踏んでいるので、訳文でもそうした「音」の感じをうまく再現する必要があります。柴田さんの訳は、英語の表面上の意味を正確に伝えるだけでなく、「ぎしぎし」「ごりごり」というふうに、日本語の擬音語を非常に効果的に用いて、まさしくネイティブの耳に聞こえる「音」を、ほぼそのとおりにわたしたちに「聞かせて」くれます。

(ある意味で柴田訳のすばらしさがいちばんよく味わえるスチュアート・ダイベックの作品に、シカゴ育ちなどがあります)

会話文をうまく訳す

“Grades are all an employer has to judge you by. You know that, William, don't you? (…) That it's the squeaky wheel that gets the grease? You know, don't you, that these crazy times are going to pass?” (雇う側は、成績しか判断の材料がない。そのくらいお前にもわかってるだろう?(…)結果を出さなきゃ認めてもらえないってことくらいわかるだろう? お前にだってわかるだろう、こんな狂った時代がいつかは終わるってことくらい?)――イーサン・ケイニン「バートルシャーグとセレレム」 宮殿泥棒所収 (Ethan Canin「Batorsag and Szerelem」 The Palace Thief Stories

会話文は著者が作り上げたキャラクターが語るものですが、それが時には著者の「声」を直接投影したものであったりします。柴田訳のすばらしさのひとつに、こうした原文の「声」を忠実に再現してくれることがあります。

印象的な書き出しを、印象的な日本語に

These are the last things, she wrote. One by one they disappear and never come back. I can tell you of the ones I have seen, of the ones that are no more, but I doubt there will be time… (これらは最後の物たちです、と彼女は書いていた。一つまた一つとそれらは消えていき、二度と戻ってきません。私が見た物たち、いまはもうない物たちのことをあなたに伝えることはできます。でもどうやらその時間もなさそうです…)――ポール・オースター最後の物たちの国で(Paul AusterIn the Country of Last Things

sentence(文)レベルではもちろんのこと、phrase(句)のレベルまで、「原文の語順をそのまま生かして」訳されています。ここで読者の目に(あるいは耳に)最初に飛び込んでくるのは、疑いなく、"These are the last things" ということばです。これは、いつ、どこで、誰が発言したのかまるでわからない、実に不思議なことばです。そして、これを「これらは最後の物たちです」と訳し出したことで、「原文がもたらす神秘性」が、まさに日本語においても、そのままの形で伝わってきます。

調査に調査を重ねる

The photo caption touched off a memory: Three farmers on their way to a dance, 1914. The date sufficed to show they were not going to their expected dance. I was not going to my expected dance. We would all be taken blindfolded into a field somewhere in this tortured century and made to dance until we'd had enough. Dance until we dropped. (写真に付されたキャプションが、ひとつの記憶を呼び起こした。舞踏会へ向かう三人の農夫、一九一四年。年を見るだけで、三人が舞踏会に予定どおり向かってはいないことは明らかだった。私もまた、舞踏会に予定どおり向かってはいなかった。我々はみな、目隠しをされ、この歪みきった世紀のどこかにある戦場に連れていかれて、うんざりするまで踊らされるのだ。ぶっ倒れるまで、踊らされるのだ)――リチャード・パワーズ舞踏会へ向かう三人の農夫(Richard Powers『Three Farmers on Their Way to a Dance』)

1914年。世界の歴史がどこへ向かっていたかは明らかです。その年の6月末に起きたサラエボでの暗殺事件が引き金となって、ヨーロッパのみならず日本までも巻き込んだ、初めての世界大戦が勃発します。世界中に大きな悲しみと荒廃をもたらす「死の舞踏会」が始まるのです。

パワーズの作品は、こうした歴史の事実を背景に物語が語られるうえに、「ほぼ各センテンスごとに、反射的に何らかの皮肉、ジョーク、ひねり、引用、間接的言及が加えられた縦横無尽の文章。ほとんど小説の域を逸脱しているような緻密な思索。それらを支える驚異的な博識と論理的思考力、そしてその適度なガス抜きの役を果たす卓抜なユーモア」(舞踏会へ向かう三人の農夫「訳者あとがき」より)がたっぷり盛り込まれます。ですから、訳者には、著者の思考についていけるだけの「情報収集力」が必要となります。

柴田さんは、パワーズのような濃密な小説を訳すときは、わたしたち読者のために、それはたくさんの辞書を引いて、それはたくさんのサイトを調べて下さっているのだと思います。

リチャード・パワーズのインタビュー記事もあわせてお楽しみください)

「目に見えてきたとおり」に

Steam poured from the shovel, the truck horses snorted and stamped, a small bird lit on the hoarding and at once rose up, flying higher and higher into the bright clear sky. (ショベルから蒸気が噴き出し、荷車を引く馬たちが鼻を鳴らして足踏みし、小さな鳥が一羽、板囲いの上にとまったかと思うとすぐさま飛び立って、澄んだ明るい空をどこまでも高くのぼっていった)――スティーヴン・ミルハウザーマーティン・ドレスラーの夢(Steven MillhauserMartin Dressler

「ショベルから蒸気を噴き出した」「馬たちが鼻を鳴らして足踏みした」「一羽の小さな鳥が板囲いの上にとまったかと思うとすぐに飛び立った」「鳥は澄んだ明るい空をどこまでものぼっていった」と、著者はこの順番どおりに風景を観察していますし、この順番どおりに描写して、この順番どおりに読者にイメージを思い浮かべてほしいと思っています。著者のそうした意図が読み取れる場合、翻訳者は決してその順番を入れ替えてはなりません。

この順番を入れ替えてしまうのは、言ってみれば、映画のカメラワークを編集段階で順序を入れ替えてしまうぐらい、あまり感心できないことかもしれません。

柴田さんの映像編集はいつも正確です。著者が観察した風景を、その順番どおりに再現して見せてくれます。

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