村上龍初のミステリー

1997年にネット上でスタートした小説、THE MASK CLUBが単行本化された。自分を殺したのは誰か? 密室の中で仮面をつけ、SMに興じる7人の女たちを「死者」となった主人公が見つめ続ける。五感を駆使して、死者の視点から描く世界は刺激的だ。次々と新しい試みを行う著者の村上龍氏にインタビューし、誕生の経緯、苦労した点などを伺った。(文中敬称略/インタビュアー・榎本正樹)


Amazon.co.jp: THE MASK CLUB誕生の経緯は、どのようなものだったのでしょう?

村上龍: 97年に坂本龍一の協力で「tokyoDECADENCE」という有料アダルトサイトを立ち上げた際、新しい小説を連載することになりました。作品に組み込む写真を撮影する際に、女の子の顔出しができないという物理的な制約が出てしまい、仕方ないのでマスクをかぶせる設定にしようということになってTHE MASK CLUBは誕生しました。

もちろん、マスクにまつわる思想的、心理的な文脈も意識しました。三島由紀夫の仮面の告白のパロディだとか、勝手に言う人もいましたけれど(笑)。

Amazon.co.jp: マスクをめぐる思想的、心理的な文脈とは?

村上: 演劇性や呪術性を導き出すツールとしての意味がマスクにはあります。作品に登場する7人の女の子は、過去にあるつながりがあり、過去の関係や社会的な帰属から自分を切断するために、マスクをかぶってSMパーティーをするわけです。

Amazon.co.jp: 作品を書くうえで苦労された点は?

村上:

7人の女の子のトラウマをどう書くかという部分ですね。幼少時に受けた性的虐待について書くことは、その行為が非常に許しがたくネガティブなものであるということに加えて、社会的な認識の枠組みが遅れているために難しいんです。トラウマが現在の行為を必ずしも決定しているわけではない、と最近思うようになったんですが、当の個人にとって深刻な体験でも、それがアンフェアな暴力であるという認識が、社会の側に足りないので、「ホントにかわいそうね」みたいな他人ごとで終わってしまうんです。

Amazon.co.jp: この作品では、「淘汰される男性」と「サバイバルする女性」が対比的に描かれていきますね。

村上: 最近考えていることのひとつに、男性のライフスタイルの変化の問題があります。メディアでは、終身雇用とか年功序列とか学歴社会が過去の遺物として語られていますが、それは男性中心社会を生きてきた男たちにとって、今までの生き方は通用しないといわれているに等しいことなんです。

内外の変化に適応できていない日本社会で、その中でも特にシリアスなトラウマを抱えている女の子たちは、サバイバルすることが身に染みついています。この作品は、そういう女の子たちと、自分の生き方を完全に否定されて人生の目的を見失った男たちを対比させる構造になっています。

Amazon.co.jp: 死者という特異な語り手を設定したのはなぜでしょうか?

村上: 複数の女の子がマスクをかぶってパーティーをしている状況が物語の中心にあるので、語り手がその場所にいるのはおかしいし、三人称の視点で書いていくのにも違和感があったので、あらゆる角度から状況を描写できる浮遊する語り手がふさわしいと思い、語り手を死者に設定しました。

Amazon.co.jp: ストーリーテリングや描写の方法が実験的で、五感に訴求するリアルな世界が提示されていきますね。

村上: たとえば相手と会話しながら食事をするような場合、フォークとナイフで肉を切る動きと、口の中にもっていってかむという動き、そして嚥下(えんか)する動きには、まったく異なる神経系が働いています。

人間の知覚はそのように多重的に機能しています。知覚相互の連関性を特に意識せずに人間は生きているわけですが、そういった知覚の様相を五感を総動員した描写で表現してみました。この作品では3箇所ぐらいで実験しています。どの場面で使われているかは秘密です。


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