生誕100周年記念 ドラッカーの思考
【特別掲載】
1933年に発刊されたが、ナチスによって発禁にされた事実上の「処女作」
フリードリヒ・ユリウス・シュタール:
保守的国家論と歴史の発展
元クレアモント大学大学院 教授
ピーター F. ドラッカー
この論考は、1933年、ドラッカーが24歳の時に著した処女作である。しかしすぐさま、ナチスによって発禁処分とされた。なぜならナチスは、シュタールの学説をユダヤ神政主義として排除していたからである。その当時の背景を簡単に振り返ると、第1次世界大戦の敗北とドイツ革命の勃発によってドイツ帝国が終焉(18年)し、新たなワイマール共和国が生まれたが、その権力基盤は脆弱で、23年のルール地方の軍事占領、29年の世界大恐慌の影響など、不安定な状況が続き、そのようななかアドルフ・ヒトラー率いるナチス党が台頭しつつあった。ドラッカーはかねてより、この非合理的な政治思想の伸長を危惧しており、伝統的保守派の象徴であるシュタールを再評価することでナチスに異を唱え、自由と平和を第一義とするヨーロッパの基本的信条を訴えた。なお、フリードリヒ・ユリウス・シュタールは1802年、ドイツのミュンヘンに生まれたユダヤ人法哲学者、また政治家であり、その姿勢は、政治的には保守派、思想的には合理主義である。
彼が生きていたら、何を語るだろうか
ドラッカーに学ぶべきこと
ハーバード・ビジネススクール 教授
ロザベス・モス・カンター
今回の世界同時不況をもたらした金融業界の体質、地球温暖化などの環境問題、第一世界と第三世界の相克など、いまドラッカーが生きていたら、いったい何を述べるだろうか。HBR誌の編集長として、ドラッカー自身そして彼の著作と向き合ってきた数少ない経営学者である筆者が、ドラッカー生誕100年に当たり、ドラッカーの英知を、どのように今後の指針とすべきかについて語る。
「ドラッカー山脈」を俯瞰する
なぜドラッカーを読むのか モスクワ・スクール・オブ・マネジメント 教授 アラン M. カントロー
本稿は、およそ30年前に発表されたものだが、ドラッカー生誕100周年を記念し、全世界のHBRで掲載される。この論文では、ドラッカーの主要な著作を取り上げながら、なぜ実業界で高く評価され、学術界での評価が低いのか、彼の本当の業績は何か、彼はどのように思考するのか、彼の論理の背景にあるものは何か、なぜ道徳を重視するのか、そして彼の著作をどのように読むべきかについて解説する。
薫陶を受けた5人のエグゼクティブが語る
私がドラッカーに教わったこと
ドラッカーの経営思想は、組織の階層や種類、さらには国境を超えて、さまざまな人々に影響を及ぼしてきた。ここでは、アメリカ、ブラジル、ドイツ、中国のビジネス・リーダー5人が、ドラッカーとの出会いや思い出、そして彼に何を学び、それをどのように生かしてきたのかについて語る。
事業の目的は「顧客の創造」
ザ・プロクター・アンド・ギャンブル・カンパニー 会長
アランG. ラフリー
NPOの再発見
リーダー・トゥ・リーダー・インスティテュート 理事長
フランシス・ヘッセルバイン
企業の本質
アマナ・キー・グループ 創設者兼CEO
オスカー・モトムラ
コンサルタントの責任
デルタ・マネジメント・コンサルタンツ マネージング・パートナー
ピーター・パシェック
ドラッカーの3つの言葉
海爾集団 首席執行官
張 瑞敏
【1962年マッキンゼー賞受賞論文】
企業と経営者は「社会機関」である
大企業の使命
元クレアモント大学院大学 教授 ピーター F. ドラッカー
本稿が発表されたのは1962年であるが、その前年である61年は、アメリカ産業界で賢明とは言いがたい行動が散見された。そこでドラッカーは、大企業とその経営を預かる経営者は、もはや一組織の利益だけを追求する「経済機関」ではなく、社会と国民に貢献する「社会機関」であるとあらためて主張し、アメリカ社会が大企業とその経営者たちに期待する使命と役割、そして国民の多くが疑問視している問題について解説する。
【1971年マッキンゼー賞受賞論文】
[新訳]日本の経営から学ぶもの
元クレアモント大学院大学 教授 ピーター F. ドラッカー
「総意」に基づく意思決定、年功序列による雇用保障、変化を容認する労働者気質、継続的かつ広範な社員教育、若年層をマン・ツー・マンで鍛え上げる教父制度――。こうした日本独特の文化や制度は、この20年間における日本の経済成長の大きな要因である。そしてこれらのなかに、欧米の経営者が抱える大きな問題を解決するヒントが含まれている。
【1981年マッキンゼー賞受賞論文】
[新訳]日本の成功の背後にあるもの
政府と産業界の密接な結びつき、円満な労使関係などは、そもそも誤解であり、また日本の経済的成功の背後に日本株式会社あったわけではないと、ドラッカーはいわゆる「日本株式会社論」を喝破する。日本人は皆、職業と仕事において一番になることを熱望しており、そこにこそ、日本のこれまでの発展、そしてこれから遂げるであろう発展の秘密が隠されていると言う。
欧米人が理解できない日本人固有の特性を考える
日本画のなかの日本人
+山荘コレクション
元クレアモント大学大学院 教授
ピーター F. ドラッカー
ドラッカーが日本に関心を抱き、研究を始めたのは、文献から忖度する限り、1930年前後と考えられる。彼は、33年に“Japans Wirtschaft und Wetbewerb”(日本経済と競争力)を、翌34年には“Japans Wetbewerb”(日本の競争力)という論文を発表している。また同34年、ロンドンの英国王立芸術アカデミーによる「大巡回展」で日本美術に初めて接し、以来ドラッカーの「日本美術への恋」が始まる。59年に来日した際、ついに式部輝忠筆「渓流飛鴨図」と清原雪信筆「芙蓉図」の2点を購入するが、彼の恋心は募る一方だった。生誕100周年を記念するに当たり、ドラッカー自身が「山荘コレクション」と名づけられた日本画コレクションの一部を紹介する。これに合わせて86年に松坂屋上野店から始まる「ドラッカー・コレクション水墨画名作展」の際に作成された小冊子『日本画の中の日本人』に収録された論稿を、当時の翻訳で掲載する(この論文は、『すでに起こった未来』のなかにも収録されている)。
Opinion
「動的平衡」が世界を解くキーワード
青山学院大学 教授
福岡伸一
Spotlight
低炭素経済への針路
5段階で「持続的可能な企業」へ進化する
サステナブル企業への発展5段階論
イノバストラット 創業者兼CEO
ラム・ニドゥモル
ミシガン大学 スティーブン M. ロス・スクール・オブ・ビジネス 特別教授
C. K. プラハラード
コーポレート・エコ・フォーラム 創立者
M. R. ランガスワミ
ビジネス・リーダーの多くが、サステナビリティへの取り組みをCSR(企業の社会的責任)と位置づけて、事業目標と切り離して考える。実際、サステナビリティへの道を踏み出すに当たっては、さまざまな懸念がある。「環境に優しい製品はどうしても高価格になり、とりわけ不況期にあっては、消費者はこのような割高なエコ商品に手を出さない」「サプライヤーの環境意識を改善するのは一筋縄ではいかない」等々――。しかし、環境負荷の軽減こそ次なる競争優位の源泉であり、不況後には新しいビジネス常識になっているに違いない。実のところ、サステナビリティに取り組むことで、コストは削減される。本稿では、フェデックス、P&Gやクロロックス、新興企業のカレラなど、環境問題をテコにイノベーションを生み出した企業を紹介しながら、サステナブルな企業への発展5段階を解説する。
民間部門の社会・環境活動を支援する
アメリカ合衆国 第42代大統領
ビル・クリントン
石油を使わない世界をつくる
ベタープレイス 創設者兼CEO
シャイ・アガシ
インド消費者の環境意識を変える
ノキア・インディア コーポレート・アフェアーズ担当ディレクター
アンブリッシュ・バカヤ
6つのクリーン・エネルギー技術
HBR シニア・エディター
ガーディナー・モース
電力会社はサービスを売れ
ブラトル・グループ プリンシパル兼名誉会長
ピーター・フォックス=ペナー
経済回復ではなく新しい経済を発明する
エール・スクール・オブ・
フォレストリー・アンド・エンバイロンメンタル・スタディーズ 教授
ジェームズ・グスタフ・スペス