内容(「CDジャーナル」データベースより)
新世紀を代表するジャズ・ピアニストといわれる鬼才ブラッド・メルドーが放つトリオ・シリーズ{アート・オブ・ザ・トリオ}、約2年半ぶりのアルバム。ロックからスタンダードまでを幅広く聴かせる。
内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
レディオヘッドの曲を演奏し、“脱ジャズ”的ソロ作『ラーゴ』を発表し、あるいは自ら執筆したライナーノーツではミシェル・フーコーやレッド・ホット・チリ・ペッパーズに言及する……このようなブラッド・メルドーは、ジャズという共同体の中では、“異端”と言わざるを得ない存在だ。ただし、現在のジャズ・シーン全体に目を向けると、スウェーデンのe.s.t.やノルウェーのアトミックのように、レディオヘッドにインスパイアされた曲を作ったり、彼らの曲をカヴァーしているグループがいる。よってもはやレディオヘッドの(8)を演奏していることに対して必要以上に驚く必要はないが、それでもジャズという共同体の内部からの視座からすると、やはりこのピアニストは“異端”である。弾き語りアルバム『レストレーション・ルーイン』や、いわゆるアメリカン・カルテット系統の作品を発表していた、70年代までのキース・ジャレットと同じように。
もっとも、本盤はレギュラーのトリオによる新録。つまり『ラーゴ』とは異なる文脈にある“ジャズ”のアルバムで、しかも選曲はスタンダードが中心だ。ちなみにメルドーがレディオヘッドの曲を取り上げるのは、今回が3度目。そして(7)はポール・サイモンの曲だが、メルドーはサイモンの「恋人と別れる50の方法」もレパートリーにしている。簡単に言うと、メルドーにとって(7)(8)とセロニアス・モンクの(5)は等価なものであり、その意味では、選曲はすべてスタンダードと言ってもいい。
ジャズ・ピアニストとしてのメルドーの持ち味は、何よりメランコリーを含んだ叙情にある。そして陰影をつけていく技術はきわめて高度で、なおかつ現代的。言い換えると、メルドーの演奏は陰影に凝っているが、常に透明な叙情をたたえていて、それゆえ清冽だ。今回は選曲のせいで、全体的に憂愁がやや薄い、と感じる。が、それでもメルドーらしさが随所に感じられる、“現代ピアノ・ジャズ”の佳作だ。 (渡辺亨) --- 2004年04月号
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