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じゃぶじゃぶと水の音がしきりにする。プリミティヴな民族楽器、弦楽器の特殊奏法、ホーミーの倍音唱法や京劇風声楽などが駆使され、外観はバッハとは似ても似つかない。しかし、聴けば聴くほど、この音楽の構成、そして何よりもキリストの死と復活をめぐる物語への慟哭(どうこく)と優しさは、あのバッハ「マタイ受難曲」に宿る精神を、確かに継承している! 輝かしく祈りに満ちたコラールは要所で繰り返され、信仰と裏切り、涙と悲嘆、復活と感謝のドラマは、リアルな湿り気をともなった実在感で迫ってくる。
アジア各地の伝統音楽を蒐集してきて、西洋音楽と支離滅裂に接着したかのようなタン・ドゥンの音楽は、一見はったりと受け狙いのアヴァンギャルド系詐欺師のやり口と誤解されかねない。しかし、本作を心を虚にして素直に耳を傾けるならば、その疑問は氷解する。吟味された素材は十分絞られ、形を変えながら、全体の構成を貫いている。何よりも音楽のあらゆるディテールはなまめかしく美しく(特にヴァイオリンとチェロ)、聴く者を未踏の呪術的な陶酔へといざなう。
親しみやすい部分は多い。「荒野の誘惑」など、ダンサブルでキャッチーなポップと聴けなくもない。「バラバを釈放せよ!」と叫ぶ民衆の集団ヒステリーは、聴き手の遺伝子の底に眠る原初的な凶暴を覚醒させるかのよう。キリストが磔にされて口にした言葉「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」、処刑と女たちのかすかな泣き声、そして大地を揺るがす地震は、かの悲劇を目の当たりにするような大スペクタクルだ。
余計な知識は一切不要。この乾いて疲れきった時代に、潤いと生きる活力と愛を与えてくれる、拝みたくなるような、ありがたい音楽がよくも出現したものである。さすが世界の鬼才タン・ドゥン!(林田直樹)
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