|
13 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
黄金の約束, 2003/1/18
「イリノイ州ジョーンズバーグの町の歌」が、だみ声と悲しいアコーディオン に導かれて流れてくる。 夜11時過ぎに部屋に戻り、夕食を食べて板張りに横になっていたら いつの間にかそのまま眠っていたらしい。 テレビはつけっぱなしでそこから流れる音楽と美しい映像が流れていた。 美しい緑と山々、河のせせらぎとその中を 気持ちよさそうに泳いでいる、川魚を写している。 あまりに明るく光の渦にきれだな~とぼーっとして見ている。 「ジョーンズバーグの町の歌」はそのBGMに使われていた。 時計を見ると、夜中の3時を回ったところ。 ぼんやりして飲みかけで冷め切ったコーヒーを飲んで、ふとんに寝ないと 身体が痛くなるなあと思いつつまたそこに横になる。 なんだか、これはトムウェイツの歌みたいな生活だなあ~とふと思う。 そういえば、「エニウェイ レイマイヘッド」という歌は 「おいらどこでだって眠れるよ すべてが雲に覆われ凍てつく風が吹いても 誰の手もかりないよ どこにいようと どこだろうと寝てしまえば そこがおいらの家みたいなもんさ」 と歌っていたことを思い出した。 重いからだを持ち上げて、よろよろと寝る準備をする。 時計を6時にセットし、よせばいいのに、枕元のほのぐらいスタンドをつけ、 本棚から適当な一冊の本を抜き出し読み始める。 こうして本を読むと朝がまたきついのがわかっているのに、 ついつい手に取ってしまう。手に取った本がまた偶然だがよくない。 つげ義春の漫画「無能の人」だった。 どうしょうもない主人公が多摩川の石をひろって河川敷でそれをならべて 売っている。石には「雲」とか「霊」とか張り紙がしてあるが ただの石ころだから売れるはずもない。ぜんそくの子供が夕方に 「とうちやんむかえにきたよ。」とぜいぜいいいならやってくる。 妻は道ですれちがっても声さえかけない。妻は主人公に 「なぜ、自分をだめな方へだめな方へともっていくの」と言って泣く。 作品の最後で主人公は親子三人どうなるかなと星の中にとけ込む絵で終わる。 まるで3人が世界から孤立しているようである。 この短編集にはこのようにせつなくでだらしなくて世捨人のような 主人公だらけでる。 髪を切ってもったいないからとビニール袋に入れ押し入れに しまっていたり、旅行と言っているが40分で着くところに行ったら、 ひなびた鉱泉で洗濯物が干してある宿で自分で布団をしいて寝たりと とてつもなく貧しく、情けない。けれども不思議なのは 読んでいてめいってきたりはまったくしない。 逆に心がおだやかになる。 私は時計を見て3時半か。。と思い、もう一冊を手に取る。 ついでにCDまでセットしてまた、つげ義春を読み始める。 トムウェイツのすべてのアルバムから選曲したCDでなんだか 世の中でいらない者たちのストーリーを読み、世の中でさげすまれる ような人たちの音楽を聴きながら、夜更かしをしてると なんだか最高に非生産的なことをしてなとは思う。 おまけに明日はまだ火曜日だぞ。とも思う。 トムウェイツの曲も世捨て人のような者を歌ったものが多い。 酔いつぶれてテーブルの下で寝ている主人公や堕落したものを指す 「レインドック」ということわざのような主人公。 「おいらはまともで酔っぱらっているのはピアノの方さ」と歌う場末の ピアノ弾き。曲目を見てもその空気は伝わってくる。 「ジンびたりの男」「厄病神の紐 」「ブルースへようこそ」 「身も心も疲れはてて」・・・・ でもこれがとっても安堵感を与えてくれる。 ルーズさがすごく心地よい。 夜の回転木馬を見ているようなアコーディオンの回転音からはじまる 「夢見るときはいつもイノセント」 そこでは墓場を駆け回り恋人を遊んだ日々が歌われる。 「僕は黄金の約束を交わした。 でもそれをこわしたのは僕 草原はいつもやさしく そして緑 記憶の中から僕が盗み出すのは遠い日のやすらぎ それはけがれなき日々 だから 夢みるときはいつも 夢みるときはいつもけがれなきあのときのまま」 なんと美しい歌だろう、、、、 CDは私が最後の入れたうらぶれた悲しいセレナーデで終わろうとしている サンディゴのうらぶれたセレナーデ ニューヨークの酔いどれ吟遊詩人とはよく言ったものだ。 ああ、カーテンの裾がしらみはじめた。 まいったなあ~。
|