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1979年10月、バーンスタインは宿敵・帝王カラヤンの牙城ベルリンに乗り込み、生涯でただ1度だけのベルリン・フィルとの共演を果たした。それは、アメリカとヨーロッパの音楽の頂点が火花を散らして激突した、戦後クラシック音楽史上最大の"事件"でもあった。その伝説の名演の記録がこのCDである。
内心バーンスタインとの共演を心待ちにしていたベルリン・フィル楽員は競ってこの演奏会の「出番」を奪い合ったと伝えられる。もちろんこの演奏会に燃えていたバーンスタインも、真剣勝負のリハーサルに規定以上の時間を要求し、ベルリン・フィル側も最善を尽くしたが練習は全然足らなかった。係の職員が、「終わり」を告げにくると、激怒したバーンスタインは凄まじい勢いで楽譜をパーンと放り投げて抗議の意思を露わにしたという。カラヤンとの録音のスケジュールがもともと入っており、それを変更することはできなかったのだ。それをバーンスタインは妨害と受け取ったかもしれないと事情を知る人は言う。しかしバーンスタインはリハーサルの延長を何とか獲得し、本番にこぎつけた。
結果は、いまも語り草として伝えられるほどの、空前絶後の超名演であった。当時多くのリスナーに衝撃を与えたこの演奏は、1992年にCD化され、再び大反響を巻き起こした。
この演奏の性格を一口に言うと、死を前にした個人の苦悩と、人類の終末・世界の崩壊が、忘我の内に完全同一化を果たした究極の姿、ということになるだろうか。生への執念と告別、愛への半狂乱と皮肉、死への恐怖と陶酔…この凄絶さに誰が冷静でいられるだろうか。バーンスタインは神にも等しい偉大さで、この演奏空間に降臨している。最後、第4楽章で「死に絶えたように」と指示された、切れ切れの吐息のかすかな喘ぎは、音楽というもののある種の"極限"だろう。ナチスの弾圧によってユダヤ人マーラーの音楽は戦後も忘れ去られる寸前にあったが、それを復活・隆盛させ、こんにちベートーヴェンに次ぐ人気交響曲作家としてマーラーを不動の地位に押し上げたのは、バーンスタイン最大の功績である。彼がマーラーをとおして何をメッセージしようとしていたか、ベルリン・フィルとの一期一会のこの奇跡的名演に集約されている。(林田直樹)
内容(「CDジャーナル」データベースより)
マーラー・ブームのとどめ打ちとも言える1枚。BPOとバーンスタインの伝説的な名演と呼び名も高い。両者の相反する個性のぶつかり合いはそのままマーラー音楽の写し絵でもある。特に4楽章の壮然さには身の毛もよだつ程。前半オケの冷めた反応は気のせい?