今日の日本では、きわめて快適で便利な環境にいるのに、自分の人生には何かが欠けていると感じたり、殺伐とした世相を見て人間なんて所詮こんなものだとニヒリズムに陥ったりしている人が多いのではないでしょうか。
『老子』の言葉は2500年も昔に書かれたものですが、本書の翻訳を読んでみると、人生は本当はもっと深く自在に生きられるのではないか、人間には現代のわたしたちも気づかずにいる素晴らしい潜在力があるのではないか、と強く感じさせられます。老子が「道」(タオ)と呼んでいる“自然界に内在する秩序”をひとたび体得できれば、「智恵」や「徳」や「慈愛」といったものはすべて、自ずと湧いてくるというのです。
老子は、「聖なるものとか、仁なるものとか、義なるものなどという言葉は、皆よこしまな美辞麗句であって、浮ついた言葉にすぎない」とし、道徳を声高に説いたり法令をたびたび改正したりするのは、本来の自然な美徳をすでに見失っている証拠だと看破しています。
そして、そうなってしまうのは、「外の世界にばかりかかわり、外の世界のために奔走しつづける」ことから「エネルギーが漏れつづけ、自分の内心の静寂に気づくことがない」ためだと指摘しています。これは、絶えず何かを欲し、目標を達成しようとあわただしく生きている、まさにわたしたち現代人の心の状態そのものではないでしょうか。
老子は、心を静かにしてタオを体得すれば「好き嫌いだとか、利害損得とか、名誉とか恥辱とか、こんな表面的で低次元の事柄」にはとらわれなくなり、「もはや心が動揺することはなく、坦然として公平無私」でいられると語っています。また、「足るを知る者は絶対に戦争を起こすことはない」、「他国の領土に侵入せず、誅罰するなどと思いあがって軽々しく兵器を使用しなければ、戦争は起こりようがない」などとも明言しています。
こうした言葉は、まるで老子が現代の世界で起こりつづけている貪欲な覇権争いを目にして、直接わたしたちに語りかけているメッセージのようにさえ感じられます。
ますます混迷を深める社会状勢の中で、個人は何に目覚め、どう生きてゆけばよいのか、その道を照らし出す光が『老子』にあると実感させる、他に類を見ない鮮烈な翻訳です。
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