ところが、どんな不況にもびくともしない企業がある。それが著者の岡野雅行氏が率いる岡野工業である。
同社を一躍有名にしたのは、携帯電話用のリチウムイオン電池のケースだった。危険度の高いリチウムは、液漏れすると大きな事故につながる。継ぎ目のできる溶接ではなく、1枚の金属板を何度もプレスする「深絞り」という技術で作る必要がある。この電池ケースは薄くて長いので、相当の工程数をかけないと深い筒状に加工できない。当然コストは高くなる。ところが岡野工業だけが、一発でケースを抜くという離れ業を成し遂げたのである。
需要を独占して、零細企業はいきなり世界企業となった。普通の経営者なら、ここで技術を隠して守りに入るだろう。ところが、岡野氏はそうしなかった。テレビや講演で技術についてどんどんしゃべり、製造現場を取引先やマスメディアに見せてしまう。彼の過去の成功にこだわらない性格も手伝ったのだろうが、何より絶対に真似されないという自信が、岡野氏のオープンな態度を支えていたのだろう。
本書は、彼がいつも通りにしゃべった内容を、ライターがまとめたものだと思う。結果として、妙にいじらなかったのがよかった。べらんめえ口調そのままの文章が、岡野氏の人間性を生き生きと伝えているからである。
痛みを感じないほど細い注射針、燃料電池のケースと、同社が繰り出す新技術は途切れることがない。その新技術を、開発から数年もするとあっさり人手に渡してしまう。追随する業者が現れて、製品価格が下がるからだ。技術開発に特化し量産を拒否する同社は、有名になった今でも、従業員数はたった6人にすぎない。
岡野氏の話からは製造業の生き残る道が、明確に浮かび上がる。技術の成功確率の低下、小粒化、短命化というトレンドの中でも、成功モデルはあるのだ。ただ、多くの普通の中小企業にとって、同社に倣うのは決して容易ではない。残念ながら、岡野工業ほどの創造性や体力を持ち合わせている会社はほとんどないからだ。
むしろ、同社のお株を奪える可能性があるのは、岡野工業に新技術の開発を委託している大企業の技術者たちだろう。彼らは能力も高いし、まだ発注できるだけの体力がある。後は、岡野氏のように夢中で挑戦と失敗を繰り返せる気力があるかどうかだ。
(経済評論家 森永 卓郎)
(日経ビジネス 2003/05/12 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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