Amazon.co.jp
 フィンランドに住む1人のコンピュータおたくの青年が、世界中にオープンソース運動を巻き起こし、一躍有名となった。
彼の名はリーナス・トーバルズ。ヘルシンキ大学在学中に「Linux」というコンピュータのOSを作り出し、インターネット上で無料でソースコードを公開した。OSといえば大企業が開発した商用のものだけで、かつソースコードを公開することはタブーといわれていた時代に、彼の試みは驚くほどの大反響を巻き起こした。
彼は決して野心を持ってLinuxの開発に臨んだわけではなかったが、結果的にLinuxは研究者や開発者、学生などで構成されるUNIXコミュニティで爆発的に広まり、今日ではマイクロソフトのウィンドウズを脅かすまでに成長した。
本書には、このリーナス・トーバルズのLinux開発物語から、彼自身の心温まるプライベートの話題までが、幅広く取り上げられている。技術的な話ももちろんあるが、コンピュータ関係の人物を取り上げた自伝としては、比較的一般向けにわかりやすく書かれている。
『それがぼくには楽しかったから』(『Just for Fun』)というのが本書のタイトルである。好きなことに一生懸命打ち込んだ結果、成功が訪れたという彼の「偶発的革命の物語」は、拝金主義や出世欲が見え隠れする本が多いなかで、好感が持てるものである。(土井英司)
Product Description
それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実 「Linux(リナックス)の創始者の本なら読まねば…」と半ば義務感で読み始めたが、題名は『JUST FOR FUN(それがぼくには楽しかったから)』で、副題も「The Story Of An Accidental Revolutionary(偶発的革命の物語)」ときている。てんで肩の力が抜けているのだ。ハイテク未来社会の到来を目一杯熱く説くことに忙しかったビル・ゲイツの本との差は鮮明だ。リーナス・トーバルズのこの本には、オープンな仕事の仕方に対する提案はあっても、未来社会への具体的提案はない。代わりに彼は言う。「リナックスは自分にとって必要で、楽しいから作った」と。
2人とも“コンピューターおたく”だが、価値観は違う。ゲイツは影響力と富を、トーバルズは評価と楽しみを求めた。もっと違うのは、2人のソフトウエアに関する考え方だ。前者は独占を狙い、後者は公開を実践。今、明らかに普及の勢いはオープンソースを売り物とするリナックスの側にある。
世界のサーバーの4分の1を押さえたばかりか、今後家電に入り込むことが確実な各種コンピューターの基本ソフト(OS)にリナックスが大量に採用されそうだからだ。オープンかそれとも潜行か。コンピューターのOSの世界だけで繰り広げられている衝突、論争ではない。政治の世界でも、企業経営でも同じような対立が生じ、オープン派の勝利が目立ちつつある。
オープンの方が知恵が集まり、疑念が消え、間違った行動が正される。確かに勢いも、そして正統性もあるように見える。しかしあらゆるものをオープンにした世界で、どうやって、そしてどの段階で各参加者に富を生み出すかの方程式は見えない。それは、トーバルズの仕事ではないだろう。今後の課題だ。
この本の著者は肩の力を抜いて書いているが、コンピューターの知識のない人間がすらすら読める本ではない。しかし、分からないところで立ち止まる必要はない。なぜなら、彼の言っていることは込み入ってはいない。「テクノロジーの未来について語るとき、本当に大事なのは、人々が何を望んでいるか、だ」(327ページ)と。確かにそれを忘れた情報技術(IT)社会論は行き詰まっている。
窓を開けることもまれだった混乱した自分の寝室でリナックスの核心部分(カーネル)を作り上げたトーバルズも、今は結婚して3人の子供と豪邸に住む。リナックスを凌駕するOSが出てくるのも間近いだろうが、彼が生んだオープンソースという考え方は、社会のあらゆるところで残る気がする。
(住信基礎研究所主席研究員 伊藤 洋一)
(日経ビジネス 2001/07/30 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)