|
23 of 32 people found the following review helpful:
4.0 out of 5 stars
思想界のギター侍、インテリ斬り!, 2004/11/19
文学者、哲学者、批評家といった、いわゆるインテリ層への批判、それも、かなりおちょくり気味の批判である。勢古氏がインテリを批判する理由は3つ。 1言葉や文が難しくて、普通の人には何をいっているのか、わからない。 2仮に苦労して普通の人が文の意味を理解できたとしても、理解したことが何の役に立つのか、わからない。 3だからインテリは普通の人の役に立ってない。にもかかわらず、普通の人を見下しているのが、気に入らない。 そして、具体的に何名もの批評家、哲学者たちをとりあげ、彼らの著作を引用しつつ、徹底的にこきおろしていく。ほら、わかんないでしょ。わかったところで役に立たないでしょ。なのにとってもエラそうでしょ。という具合である。 つまり本書は、批評家たちが書いた本の内容そのものへの反論ではなくて、批評や哲学や文芸評論といった「思想業界」の特権意識への痛烈な批判、鼻持ちならないインテリ個人への攻撃である。ゆえに、タイトルは「思想なんかいらない」ではなく、「思想家なんかいらない」の方がたぶん正しい。 私は、哲学にも文芸評論にも不案内で、取り上げられているインテリさんたちで読んだことがあるのは竹田青嗣、橋爪大三郎、あと副島隆彦くらい。だから、勢古氏の個人攻撃が的を射ているのか、そうでないのかはよくわからない・・・のだけれども、どういうわけか、それでもすごく面白い。 この面白さはどこから来るのだろう・・・と考えた。 波田陽区の「ギター侍」的な面白さが、もちろんある。偉い学者、批評家をバッサバッサ斬りまくる。 柄谷行人、チンプンカンプン斬り! 加藤典洋、ねばねば納豆斬り! 全くミもフタもない。 しかしそれよりもっと面白いのは、勢古氏が率直すぎるほど率直、正直すぎるほど正直なところである。 勢古氏はきっと、自分も「高名な思想家」とか「大学の先生」になりたかった。でもなれなかった。だから「思想なんかいらないやい」といい、エラくならなくても普通の人が普通であることを誇りとして生きる、それでいいのだ、といい、そうして自分を慰めつつも、まだ未練を捨てきれずに「ほんとうの吉本隆明論は、私にしか書けない」という。 なんだ、やっぱり、勢古氏にとってまだ思想は必要なんじゃないですか。というオチである。勢古氏の愚痴に付合って、ただグルグル引っ張りまわされただけのようにも思うが、それがまた、正直でよい。私は、この本、嫌いじゃないです。
|