科学でココロを、行動を操作すること。これこそが、著者であるフランシス・フクヤマが本書で提起する問題である。
著者はハーバード大学で政治学を専攻し、世界的ベストセラーとなった、『歴史の終わり』を上梓している。その内容はここでは割愛するが、これに多くの批評が寄せられ、そのなかで唯一反論できないと著者が思ったのは、「科学の終わりがない限り、歴史も終わるはずがない」ということだった。そこで本書において、生命科学の進展という途方もない時代のまっただ中にいる、われわれ人間の本質や政治への影響を論じることとなった。
全体は3部構成で、まず「これから起こること」を述べている。とりわけ、現代社会の大きな問題のひとつである、「長寿」について書かれた部分は興味深い。平均寿命が大幅に延びた社会では、政治的、社会的、思想的変化は、かなり遅いペースで起こる。それは、同時に3、4世代が現役であると、若手の意見が通りにくく、世代が交替しにくいのだ。また、社会は巨大な介護施設と化すかもしれない。われわれはこれらをどうクリアしていくべきなのか。
第2部では、これらをふまえて「人間の根源」を考える。第3部では「今なにをすべきか」、著者からの提言が記されている。
著者は「我々は“人間後(ポストヒューマン)”の未来に足を踏み入れようとしているのかもしれない」と述べている。生命科学の暴走はわれわれをどのような未来に導くのか。
読者を不安にさせるような問題を次々と明らかにしているが、一方で「真の自由とは、社会で最も大切にされている価値観を政治の力で守る自由を意味する。バイオテクノロジー革命が進もうとしている今日、我々が守り用いるべきは、この自由にほかならないのである」という力強いひと言も残している。 (冴木なお)
バイオ技術の進歩に懸念や憂慮、反駁を示す書籍は今までもあった。しかしそのほとんどは多分に無知、無理解、進歩に対する生理的な嫌悪感を借り物の理屈で糊塗するに過ぎない類の書籍であり、「安全性は証明されていない」という証明不能原則を逆手にとって、危険性を過大視する類の書籍が少なくなかった。
研究者が報告する夥しい論文を咀嚼し、そこに正鵠を射た論評を加えつつ、スケールの大きな文明論にまで昇華しているという点で、本書は衝撃の書である。
一読すれば著者の主張がにわか勉強と「専門家が説明しないからいけない」という理屈をよりどころにした「反バイオ論」でないことが読み取れるはずだ。
著者は人類を対象にした遺伝子工学が人類の未来を改変していくことを懸念して、こう述べる。「無制限な生殖の権利であれ、科学研究の自由であれ、見当違いの自由を振りかざした、こんな未来世界を受け入れる必要はない」
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