|
14 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
見せておくれ ココロの展開図, 2002/5/4
とてもよい。読み始めてすぐに、みずみずしさが末端からじわじわと染み入る。吉本ばななの小説の何がそうさせるのか、それは難しいところだ。 物語はタヒチでの旅の場面から始まる。開放された旅の中で美しい魚たちと泳ぐ心地よさを味わっていると、主人公は辛かった日々の回想に入る。まるで職人のように、ひたすら仕事に復帰することばかりを思っている。それが彼女の天職であり、拠る所でもあるのだ。少しばかり頑固な主人公だが読者は読み始めてすぐに感情移入をしている。 展開は主人公が働いていたレストランのオーナーと、動物を介して恋に落ちることになる。心に傷を負った者同士にある種の波長が流れたのだ。誰しも「傷」を抱えてだましだまし日常を送っている。しかし主人公は、頑ななまで自分を持ち、ひとつひとつのことに感じる自分の気持ちをきっちりと見つめている。それが清々しい。 そういえば、吉本ばななは対談の方でも「このときのコノ感じを覚えていよう」という風に思うと語っている。情景や状況と結びついたひとつひとつの深い感情を伝えることにこの作家は命を賭けている。 動植物たちへの愛情の通わせ方などもそこに通じるところがあるのかと思う。ふとした時に感じる「可愛いな」という感情も通りすがりの感情ではなく、強固なものとして留めておきたいというような。 一個の人間の瞬く間の感情に、人間の託したいもの、共有したいものの全てたとえば生き方だとかが凝縮しているものなのではないか。 考えて見ると、人生論への共鳴よりも、刹那のかけがえのない気持ちにこそ普遍性があるのかもしれない。 そういえば、この人のweb日記を見ていても、誰それに会ったときに感じた幸せ感、その人への暖かい気持ちや尊敬を刻み付けるように記録している。 「この気持ち忘るまじ」とは、皆思うのだが、その瞬間の思いの多くは生活にまぎれて雲散霧消する。その、小さな瞬間を我々のかわりに瑞々しく切り取って見せて味わわせてくれるのがばなな作品の真骨頂かもしれない。
|