この本には読者をアッと驚かせるトリックも犯人の意外性もない。怨恨によるドロドロとした殺意もない。あるのは人間の脆さと家族を失ったものの喪失感。犯人探しと動機の解明で幕を降ろしてきた推理小説の、その後に繰り広げられる公判の様子が克明に描かれ、結審にいたる過程を通してひとつの事件がざまざまな角度から検証される様子が興味深い。そしてまた裁判長の身内の誘拐事件を絡めて人を裁くという行為の難しさを浮き彫りにしている。本書は本格的推理小説家が描いた社会小説といえるだろう。この種の模倣事件が発生したら法曹関係者はいったいどう対応するだろう。人の命を左右する職に就くつくものに深い疑問を投げかける小説だ。(松浦恭子)
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