ある日、ひとりの老女が、「自分の部屋に勝手に人が入ってきて困る」と訴える。その侵入者は、彼女の部屋にある日用品などを盗んでいったり、ちょっとだけ位置をずらしていったりするという。しかし、姿は見えない。まるで、「座敷わらし」などの妖怪のしわざとしか言いようがない不可解な話を、老女は真剣に語る。
表題となっているこの症例は、「幻の同居人」と呼ばれる。このような症例は、多数報告例があるらしい。患者たちは、脳に器質的な異常が認められるわけではなく、精神的にも問題ない場合が多い。「妄想の突飛さと当人の穏やかな常識人ぶりとのあいだに乖離(かいり)が生じているときには、精神医学はたちどころに歯切れが悪くなってしまう」と著者は言う。それがこの症例の複雑さと奇妙さとを物語っている。
ほかにも、自宅にあふれんばかりのゴミをため込んでしまう老人など、本書で紹介される患者たちの姿は、まるで、古今東西の妖怪話の登場人物たちと重なってくるようで、興味深い。本書は、現代社会においても、妖怪と出会うといったような「非日常」的な現象が、たちあらわれる瞬間があることを示唆する。精神科医が語っているだけに、いっそう説得力がある。(中島正敏)
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