内容紹介
サムエルが、はじめて神の声を聞いたエピソードは、意識的に神の前に出る姿勢の重要性を示す逸話として、しばしば取り上げられる。しかし、書生に主役の座を奪われた大指導者エリが果たした役割について、語る人は多くはない。
エリは、神が少年サムエルを呼ばれていることを悟った時に言った。「今度呼ばれたら、『主よ。お話しください。しもべは聞いております。』と申し上げなさい。」(第1サムエル3章9節)エリのような指導者に育てられた人は幸いだ。
サムエルは住み込みで働いていた少年だった。片やエリは、40年のキャリアを持つ、現役のイスラエルのトップリーダーだった。立場や経験に物を言わせて、サムエルに下働きだけをさせたとしても、誰も文句を言わななかっただろう。
しかし、エリはサムエルが自分抜きで、直接神の声を聞くことを助けた。エリは深刻な課題を抱えていたが、「主の民がみな、預言者となればよいのに」(民数記11章29節)と言った、モーセのスピリットを継承する者として行動した。
イエス様も、弟子たちが直接父の声を聞くことを助けられた。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」(マタイ16章16節)という宣言は、教会の礎となる言葉だが、イエス様が教えられたのではなく、ペテロが自分から告白した。
彼は自ら教えず、父の対話を媒介された。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。」(マタイ16章17節)イエス様は「直接対話推進運動」の旗手だ。
イエス様はよい質問をし、弟子たちの話に耳を傾けることを通して、ペテロが父に導かれることを助けられた。神は1人ひとりに語りかけてくださる。コーチングは、神との人格的な対話を助けるための、もう一つの人格的対話である。
本書が「バルナバ」の名を冠しているのは、彼が大きな影響を後代に及ぼした人物だからだ。バルナバに育てられたパウロの書簡や、パウロから影響を受けたと思われるルカの文書を合わせると、新約聖書の諸文書の過半数を占める。
彼は自分の弟子が、自分を越えて用いられることを喜んだ。使徒の働き13章7節では、「バルナバとパウロ」と記されているが、43節以降は「パウロとバルナバ」というように順番が逆転している。人材育成の勘所が、ここに明示されている。
自分が何を成し遂げるかとか、どう評価されるかとか、を優先するのではなく、自分の目の前にいる人が、神の召しを受け取り、その召しに生きるようになるために、傍らに立って助け、その人の人生に表わされる神の栄光の働きを望む。
そういう生き方の基本となる精神が、聖書に裏打ちされて本書で解説されている。また、コーチングのステップが、日本文化を踏まえて提示されている。本書はクリスチャンの視点で記された、日本で最初のコーチングの資料である。
内容(「BOOK」データベースより)
本書は、キリスト教的な視点で書かれた日本で最初のコーチングの本。人間が元来「神の似姿」であり、キリストの贖罪を通して神との人格的な関係を回復される道が開かれたものであるという聖書的な人間観に根差さないコーチングは、単なるテクニックの域を出ず、真に人間を尊重する結果をもたらさない。本書を読んで、他者との人格的な交わりの中で、神に愛されている人々を育成していくプロセスを学んでほしい。