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民主主義を称揚するのはたやすいが、疑義をさしはさむのは容易ではない。猛烈な反発に立ち向かう勇気と膨大なエネルギーが必要だからだ。本書は知のエネルギーを最大限にふりしぼって、民主主義の「いかがわしさ」に挑んだ渾身の労作である。
近代民主主義を語るとき、まず思い浮かべるのは「人権宣言」である。しかし、フランス革命が人権の名のもとに「共同体の伝統的生活」を破壊し、ジェノサイドを行うのを間近に見た当時のヨーロッパ人にとって、デモクラシーは「無気味なもの」であった。その「いかがわしいデモクラシー」を「紛れもなく正当な言葉」に大転換させたのは、第1次世界大戦の戦勝国だった、と著者はいう。
もともと「だれも欲しなかった戦争」を大戦にまで煽り立てたのは、かつてトクヴィルが恐れた「民主主義の大洪水」にほかならない。民衆は戦争の大義に「デモクラシー」を求め、いつしか戦争は「軍国主義ドイツ対民主主義国」に図式化され、そして軍国主義に勝利した民主主義は「おそろしく強引な論法」によって「よい意味を確立」した。その「いかがわしさ」はナチズムの誕生で頂点に達するのだが、著者はこのように民主主義にビルトインされた僭主制の危険性をアテナイの民主政治にさかのぼって説き明かす。
民主主義の根幹である「人権」に対しても、著者の目は容赦ない。「人権」の概念を初めて提示したのは、17世紀イギリスの思想家トマス・ホッブスである。個人が己の「自然権(人権)」を放棄し、人間相互の「安全保障契約」を結ぶプロセスを保証するのが、ホッブスのいう「主権」で、これは「独立宣言」と「人権宣言」が「創造主」ないし「至高の存在」によって与えられたとする「人権」とは正反対のものだった。
ホッブスの主権は2つの宣言を通る過程で闘争的権利に変質する。その結果、現代民主主義社会は「悪玉」を求めて「権利」が増殖する混乱状態に陥ってしまった。ホッブスの思想をこのように倒錯させた張本人はジョン・ロックである。この思考停止状態を抜け出して「国民のための政治」を考える出発点に立つには、ロックのペテンにいち早く気づくことである、と著者は言うのである。(伊藤延司)
出版社/著者からの内容紹介
誰もがデモクラシーを「よい」ものとして疑わない。だが古人はそこに不気味ないかがわしさを見た。なぜか──現代の根底に迫る思索