僕と母の暮らすアパートに、ある日、転がり込んできた祖父の「てこじい」。それ以来、部屋のすみでじっとうずくまったままのてこじいは、夜になっても決して横になることもない。てこじいを邪険に扱う一方で、食卓に好物を並べたりと、戸惑いを見せる母。かつて、北海道で馬喰(ばくろう)として働き、朝鮮戦争時は米兵の遺体を繕う仕事をしていたなどと語るてこじいに、10歳の僕は次第にひかれていく…。
過去の貧しくも懐かしい記憶と、豊かさを臭わせる将来への期待が交錯する時代に戸惑う大人たちの姿を、著者は少年の目線を通して叙情豊かに映し出していく。しかし、貧しさの染みついた西日のあたる部屋をあとにする母子の旅立ちを描いたラストシーンには、甘い郷愁ばかりが残るわけではない。てこじいの記憶をしっかりと受け継ぐ少年の眼差しは、淡々としながらも力強く未来を見据える。てこじいと少年との一瞬の邂逅(かいこう)は、現代社会が失いつつある戦争や死の記憶を鮮やかに呼び覚ましてくれる。(中島正敏)
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