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ツェベクマさんと会う(1月6日記), 2002/1/27
(前半省略) 私はツェべクマさんの著書「星の草原に帰らん」を持参していたので(JICA調整員の荒井順一さんからの借り物ですが)テーブルに拡げて確認しました。 最後のほうの司馬遼太郎さんに日本に招待された時のことを書いた一節は次のようなものです。「はとバスが皇居前広場に停車して昼食になった。イミナとバートルツォグトはお弁当も食べずに、まるで新婚さんのように手を組んで歩いていた。私はベンチに腰掛けて幕の内弁当を開いた。お弁当の中に、高塚学校時代に好物だった黒豆を見つけて、思わず胸が熱くなった。 <こんな幸せは七十年の生涯で何回あったかな、二度はなかったかもしれない。正直に生きてきてよかった> 江ノ島の海を眺めながら、そんなことを考えた」 ツェベクマさんは、深々とした黒い皮張りのひじ掛け椅子に座って声は細いがほとんどしゃべり続け、私達はもっぱら聞き役でした。 高塚シゲ子先生のしつけが厳しかったこと、草原にはいろんな薬草がありそのことに詳しい僧侶や学者が大勢いたけれども革命のときに皆殺されて今はその分野の専門家はごく少ないこと、モンゴル人は天性生まれ故郷を大切に思い、年に何回かは故郷に帰っており、例えばフブスグル県の出身であるとか、アルハンガイ県の出身であるとか、そういったことを誇らし気に話すなどが話題になりました。 わたしのカウンターパートのボルドサイハン教授も米沢さんのカウンターパートのブツリン教授もモンゴル大学のバトフ助教授もこの少ない薬草学に関わりのある化学分野の専門家です。 ツェベクマさんは私が持参した「星の草原に帰らん」の冒頭の司馬遼太郎夫妻と並んで取った写真の右のページに縦文字(こちらではウイグル文字と言います。)でサインをしながら今日は2002年の1月の何日ですかと左隣にしゃがみこんだ私に念押しの質問をされた。 5日ですと答えるとイミナさんもモンゴル語で復唱した。 サインをする間も話が1990年7月の「草原の記」の取材の頃の話になると急に表情が輝き出し、「17年もの空白のあとに突然ですよ」といって手を休められ日付けを書くのが停まってしまった。 「志をしっかりと持っておれば、たとえ17年という歳月が障害になろうとも、やがて時代が巡ってくればことはなるのです」といった意味のことを力説された。 文学者や学者の力というものが長い時代の流れや変化の中でいかに影響力を持つものであるかも繰り返し話された。 鯉淵先生やあべ松先生、画家の須田先生の名前も何度か口にされた。 鯉淵先生は写真の右の人ですかと質問したらその人は車の運転手ですという答えだった。 鯉淵先生は司馬遼太郎さんのコートの後ろに重なって黒子のように顔半分が覗いていた。 「いつもよくお世話していただいいています」とツェベクマさんは言った。 「星の草原に帰らん」には書かれていないことですが、司馬遼太郎さんのその時のモンゴル訪問の目的の一つは「チンギス汗の陵墓探索プロジェクト」の顧問として現地調査視察することだったそうです。 しかし、ツェベクマさんへの取材が本格的に動き出すと司馬遼太郎さんは「17年間恋い焦がれて来た女性に会いに行かなければならないから、視察旅行に参加するのはご遠慮申し上げる」と洒落ッ気たっぷりに宣言され、「みどり夫人も同行されているのに先生はなんてことをおっしゃるのですか?」と皆があわてふためいたというエピソードをさも愉快そうに披露された。 そして、それを遡る17年前の司馬遼太郎さんの最初のモンゴル訪問のときに、「チンギス汗は今どうなっていますか? ツェベクマさんはどう思われますか?」と質問され、「今は残念ながら、何も申し上げることができません。ただ、私が自分の考えを持っていない人間とは思わないでください。きっと、お話ができるときがくるでしょう」と答えたことを話された。 「自分でもなぜあんなことが言えたのか、確かな見通しがあってのことではなかったのに『きっとお話しできるときがくるでしょう』」と言ってしまったのよ」 このセリフは傍にいたせいもあるかもしれないがこの日に話されたなかで一番力がこもっていたように私には感じられた。 それは人間には意志はなく、見えない力によって突き動かされてでもいるかのような物言いだった。 「そして17年も経って突然ですよ。司馬遼太郎先生は二度目のモンゴル訪問をされたのです」 サインをしながら話し込まれて集中できなかったためであろう。今朝になって、「草原の記」の次にサインをしてもらった3冊目の「モンゴル紀行」を開いて見ていたらドットを打つのを忘れて2002.15となっているのに気がついた。 これはそのままにして残しておこうと思う。 (EOF)
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