さまざまな恋のエピソードから、その背景にある20世紀が浮かびあがってくる。登場する実在人物もそうそうたる顔ぶれ。プッチーニのオペラで有名な蝶々夫人、終戦直後の日本に多大な影響を与えた連合軍最高司令官マッカーサー元帥、昭和の日本を代表する映画女優…。
激動の歴史に翻弄された人々の、実らなかった恋、隠さねばならなかった恋。そういった恋のひとつひとつが、日本の歴史という大きなものをも変えていたかもしれない、という事実がしだいに読み手を圧倒していく。それだけではない。「私が今ここにいるということ」は、名前すら知らない祖先たちが恋をし、それが実ったり実らなかったりした結果の、ある意味、途方もないくらいの偶然の産物であるという当たり前の事実に、何とも不思議な感慨を覚えずにはいられなくなってくる。
これまで実験的な文体を用いたり、意図的に定期的に文体を変えてきたりした島田が、ようやく「本当に書きたいものを、書きたいように書いた」。そんな印象を受ける。のびのびとした筆運びで緻密に描き出されるエピソードが、有無を言わせず、読み手を物語に引き込んでしまう。淡々と「君は…」と客観的に呼びかける語り手の口調と、作中の人物の口を通じて紡ぎだされる、回想の中の繊細な感情の揺れ。2人の語り口調の微妙なバランスから、見知らぬ人の恋心が時代を越えてまるで自身の恋心かのように伝わってくるのは、やはり島田の本領発揮といったところ。
過ぎ去った20世紀の恋に思いを馳せるだけでなく、さらに、21世紀においてはどんな恋が待ち受けていて、その恋は100年後にはどのような人物の存在を可能にしてゆくのか。壮大な物語に刺激を受けて、ついそんなことを考えさせられてしまう1冊である。(盛岡真美子)
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