出版社/著者からの内容紹介
モスクワ市内の住宅街で,わたしは偶然にある小さな光景を目にしました.それが,本書を執筆する動機になりました.2005年11月末のその日はとても寒く,気温はマイナス5度ほどで,鉛色の空からは雪が舞っていました.街を歩きまわって疲れたわたしは,バス停のベンチに腰かけました.
すると,すぐそばに建つ白亜のアパートの玄関口に通じる小道を,旧ソ連構成国からきた清掃作業員たちがシャベルを手に雪掻きをしていました.黒色の薄汚いジャンパーに,オレンジ色のベストを羽織った粗末な身なりです.かれら一人ひとりの顔は浅黒く,疲労感が滲んでいました.ソ連邦崩壊後に自国の経済が疲弊したために,モスクワに出稼ぎにきているのです.
そのかれらの脇を,ロシア人のアパート住人たちが食料品のつまったスーパーの買い物袋を両手に足早に帰宅していきます.足元を気にしながら無言で通り過ぎていくロシア人と一瞥を投げる出稼ぎ労働者が放つ一瞬の陰鬱な光景に,わたしはあられもないロシア社会の現実を見たような気がしました.
経済の復調でいまや豊かな食生活を享受するようになったロシア人たち,かたや厳寒のモスクワで日に15時間働いても月給は3万円ほどにしかならない外国人労働者たち.だが,こうした目に見える対照的な姿がすべてでなく,外国人たちの背後にはさまざまな事件や事故,さらにはかれらからの収奪がロシア社会の暗闇に潜んでいたのです.国境を越えてロシアに流れ込む周辺国の人びとの生き様とかれらを取り巻くロシア人の思惑をとおして,こんにちのロシア社会の一つの断面を浮き彫りにしました.
内容(「BOOK」データベースより)
潤沢な石油マネーで華やかな表玄関を構えるロシア。だがその裏で働く一五〇〇万人もの旧ソ連出身外国人不法就労者の存在を知る人は少ない。僅かの賃金、劣悪な条件のもとで建設や清掃などの重労働に従事する彼らからは、つねに警察官や雇い主がなけなしの金をしぼりとっていく。そればかりでなく、労働災害による傷病や事故死の危険も常時隣り合わせで、働きに出たまま行方知れずとなる外国人の数は月に数百人ともいわれる。そうしたかれらにさらに追い討ちをかける、スキンヘッド・グループによる襲撃も、あとを絶たない。一方でロシア社会は彼らの労働なしにはもはや成り立たなくなっており、ロシア市民たちもまた、彼らの上前をはねる生活に慣れてしまった。「虚栄の帝国」の知られざる舞台裏を、地域に密着した調査がえぐり出す。
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