テノールのアリア集に「愛の妙薬」や「リゴレット」の名アリアが入っているのは珍しくもなんともありませんが、それと一緒に、「ローエングリン」や「ボリス・ゴドノフ」まで収められているとなると、やはり少々驚きます。
オペラ界屈指と言ってよいこのレパートリーの広さこそ、ゲッダという歌手の強みであると同時に、彼を、何でも歌えるが、これといった代表作のない地味な存在にしてしまっている最大の要因であるように思えてなりません。
実際、かれの幅広いレパートリーを網羅した感のあるこのCDを聴いていても、そのあたりの弱点ははっきりと見て取れます。
ヴェルディやドニゼッティに関しては、「黄金時代」のイタリア人テノールに比べると、迫力も、声の豊潤さも不足している感がありますし、期待して聴いたモーツァルトも、早世したヴンダーリヒの声ほどの深い味わいを感じさせません。
何だ、いいところはまるでないのか。
とんでもありません。
今回このCDを聴いて、私は、ゲッダという歌手の余人に代え難い凄味をはっきりと確認することができました。
それは高音域の圧倒的な美しさです。
並みの歌手では発声することさえ困難な超高音を、機械のような正確さでいとも軽々と歌い上げ、しかもその高音が、清冽な透明感を保ちながら、どこまでもどこまでも伸びていく爽快さ。こんな凄い声は他のどこでも聴いたことはありません。
このCDに収められた曲の中では、Disc1.の11曲目、ロッシーニの「ウィリアム・テル」が、輝かしい高音を堪能できる最適の曲です。
この一曲を聴くためだけにでもこのCDを買う値打ちがあると思えるほどの、もの凄い歌唱力です。
何度聴いても、肌がピリピリ震えるほど痺れます。これぞゲッダという感じです。
「ウィリアム・テル」以外では、「ウェルテル」に代表されるフランスものがいいですね。
フランスもの特有のロマンティックな雰囲気に、のびやかで透明感のある声は最適のような気がします。
また、先に指摘したようにヴェルディやドニゼッティは、どちらかというと「不得手」に見えるものの、プッチーニだけは声質が合うのか、「マノン・レスコー」はとても美しい。
(プッチーニで言えば、このCDには収められていませんが、「ボエーム」のロドルフォも絶品ですよ)
あと、Disc2.の後半に収められている歌曲の数々。これも素晴らしいです。ゲッダの声の魅力が、オペラのアリアよりもむしろくっきり浮かび上がって見えるものが多くありますよ。
いずれにしても、全37曲のヴォリュームたっぷりのこのCD。
ゲッダという歌手の全貌を知るためには最適の入門編です。
聴きごたえありますよ。