時が経ちティーンエージャーになったゴーゴリは、インド人であることや、風変わりな名前を恥じていた。イェール大学に入り、コロンビア大学の大学院に進んだ彼は、自分の名を捨て、正式にニキルと改名する。ゴーゴリがマンハッタンの裕福な白人家庭に移り住み、ラルフ・ローレンの広告さながらの生活をはじめるくだりは、本書の中でもとくに印象的な場面である。ここではラヒリの卓越した観察眼がおおいに駆使されており、また、多くの人があこがれる地で味わう、よそ者という疎外感を描き出すことにも優れた才能を発揮している。
ゴーゴリの父親の死の後にこのエピソードを割り込ませることで、ラヒリは物語を突如1年後に移す。結婚、離婚、そして息子としての複雑な心境に悩むゴーゴリ。こうした概略が、じつは本作の難点を助長している。調和に欠いた展開によって、感情的な側面が章ごとにバラバラに見えてしまうからだ。ラヒリは美しく生き生きとした絵画的な描写を多用しているが、一家のささやかな一代史にとどまらないこの物語には、そぐわないように思われる。前作で得たあまりに高い評のために、やや物足りなさも感じられるが、もしこれがほかの著者であれば、文句なしの長編デビュー作と絶賛されるところだろう。
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作者は、このゴーゴリという息子の名前を思いついたとき、この小説は勝負あった、と思ったにちがいない。アメリカ社会にすむインド人で、ゴーゴリというロシア名前をもつ若者。息子はその名前を拒否して、改名する。しかしその名前で過ごした思い出までが消えるわけではない。作者は、ゴーゴリの父親、母親、ゴーゴリの幼児期から、青春、結婚とたんねんに描写していく。どこにでもあるような人生をつづりながら、人生の経験は、その人だけののものであるということを静かに語りかける。
ファンタジーや、派手な道具立てなどに飽きた人に、ぜひおすすめしたい。最後の場面にたどりついたとき、なんだか長い旅をおえたような気になる。そしてこれこそが、長編小説を読む醍醐味だったとわかる。
以前にニューヨーカーに前半の三分の一くらいが紹介されていたが、さすがというべきか、その刈り込みかたがじつにうまかったことを、あらためて思ったりする。
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