日本語版の書名の通り,エルデシュは類いまれな天才であり,自宅を持たずに友人の家を泊まり歩く放浪の数学者であった。また奇行の多いことでも有名で,表紙にはコミカルなイラストが掲げられ「宇宙一おかしな男」というキャッチコピーが添えられている。
しかし,本書は変人を追いかけたゴシップ集ではない。確かに想像を絶する「常識はずれ」のエピソードがたくさん紹介されているが,それだけが本書の目的ではない。原著の書名は"The man who loved only numbers"(数学だけを愛した男)であって,1日に19時間も数学の研究に打ちこみ,83歳で亡くなる瞬間まで研究を続け,1475本もの論文を書いた学究エルデシュと数学のかかわりあいを詳しく紹介している。
著者はサイエンティフィックアメリカンの編集者などを歴任したジャーナリストで,エルデシュの魅力にとりつかれ,十数年にわたって取材を続けた成果が本書である。さすが一流のジャーナリストによって書かれただけあって読みやすい。数論やグラフ理論の面白さを,一般の読者にも理解できる言葉で巧みに解説している。
取り上げられている話題は広く,エルデシュが直接手がけたグラフ理論や数論のほか,数学基礎論,暗号理論,非ユークリッド幾何学など周辺の話題にもかなりのページを割いている。また,ラマヌジャン,ハーディ,ゲーデル,カントール,グラハム,レーマー,ベルマン,ノイマン,クラインなど,同時代の数学者もたくさん登場する。
エルデシュは1913年にハンガリーのブダペストに生まれた。そのハンガリーの歴史や第1次世界大戦,第2次世界大戦を経て今日までの社会的背景(特にユダヤ人問題)の記述も興味深い。
昔,数学者岡潔の生涯を描いた「好人好日」という映画があったが,そこでは数学的内容についてまったく触れていなかった。それに対し本書では,エルデシュが研究した数学の問題をかなり詳しく紹介しており,数学の面白さが生き生きと描かれている。素数や図形の好きな数学愛好家に最適の読み物。訳文はこなれた日本語で読みやすく数学的にも正確である。 (尚美学園大学 教授 戸川 隼人)
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ポール・エルディシュは、数学以外の社会生活については、全く学習能力に欠けていたと言われますが、ただ単に興味を持たなかっただけなのかもしれません。
それゆえの奇行は徹底していて、居候している間は、自分をまるごとその人にゆだねていました。
当日の会場も知らずに、「講演会場へ連れて行って欲しい。」とお願いするなど、序の口です。
そもそも、自分の預金額にも無関心だったので、見かねた友人が財産管理をしていたほどなのです。
金銭的には、講演料や賞金付きの数学問題を解明することで、収入はあったらしいのですが、困っている数学者の卵を見かけると、どんどん必要なお金を与えていました。
借りた人が一人前になって、お金を返そうとしても、「それは君が、君にしてもらったように使いなさい。」と言って受け取らなかったようです。
所持品も古ぼけたトランクスーツ一つ。
彼にとって必要な物は、紙と鉛筆。そして数学的な刺激を与えてくれる友人だけでした。
この本は、数学の本ではなく、数学者エルディシュと彼を取り巻く数学者達をユーモアたっぷりに書いた本です。
「数学」を期待すると食い足りなさを感じるかもしれませんが、「数学界」の本としては出色の出来と言えるでしょう。
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