他の人も指摘していますが、少なくとも前半に、重要な部分の理解をさまたげる誤訳や誤解を招く訳があり、原著を持たない者にとって非常に読みづらい本です。
専門的なトピックを扱う訳本であるにもかかわらず、適切な専門家の手を経ていないのはほぼ明らかだと思います。
類書があまりなく、原著は非常にすばらしい本ですので、ぜひ一読を勧めます。
しかし理解しづらい部分があれば周囲の専門家やネットのコミュニティ等で質問しながら読み進めたほうがいいです。
3章の誤訳についてはここでも補足します。
この本の3章は、並行プログラムの「仕様」をいかに理解すべきか、いかに書くべきかという点で、非常に重要な章です。
例や図がそれほど多くないですので、注意深く読みすすめなければなりません。
にもかかわらず、少なくとも次のような致命的な誤訳があります。
3.4.1 「逐次一貫性と静止一貫性が両立しない」は誤り。
(逐次一貫性と静止一貫性には包含関係がない、というような意味の `incomparable' という単語を誤訳したと思われる。)
これら二つの重要な概念の理解の妨げになっている。
3.6 "invocation" を「呼び出し」、 "method call" を「メソッド呼び出し」と訳すのは、混乱を招く。逐次一貫性の理解のために重要。
3.6.1 の最初の一文が意味不明で、結果として本書で重要な概念の一つである線型化可能性をうまく説明できていない。
「線型化可能性の背景にある基本的な考え方は、次の意味において、一部の逐次履歴と同等である」???
実際に原文で言わんとしているのは、これから、並行履歴と逐次履歴の等価性とはどういうものか、という説明をしますよ、ということだ。
(次の2文で並行履歴と逐次履歴の等価性についての説明がある。)
線型化可能性の定義は、並行履歴と逐次履歴の等価性を用いているので、ここが上手く説明されていない本書では線型化可能性を正しく理解するのはむずかしいかもしれない。
個々のテクニカルタームの訳にも違和感があります。
ソフトウェア業界では、学術・産業を問わず、`formal' という単語には「形式的」という訳語が当てられるはず。(「正式」や「公式」などと訳されている)
アルゴリズムの `correctness' は「正しさ」ではないか。(「正確さ」となっている)
結局この部分は原著で読んでいます。誤訳は他にもあるかもしれません。