ジェンダーフリーの主張は決して単純な性差否定ではない―そう訴えたいことは一読すれば分かるものの、説得力ある言葉で伝わっているかというと、かなり疑問です。更衣室やトイレなど、男女で区別すべき場面があることは認めつつも、「社会的に形成された規範的な性別」としてのジェンダーへのとらわれから自由になることがジェンダーフリーの立場だといいますが、果たして両者を恣意的でない方法で線引きできるのか。これに皆が納得できる解答を与ええていないことが、ジェンダーフリーの立場の説得力を確実に弱め、批判を招く要因となっているのは否定できません。あと、いわゆる「バックラッシュ」論者のことをああも悪しざまに書き立てるのはいかがなものか。これは当の「バックラッシュ」側の言説にも言えることですが、多少距離を置いて眺めると独善的な中傷合戦のように見えてしまいます。
従来のジェンダー論の「規範的な性別」としてのジェンダー(これとて悪いものばかりとは限らないはず)を退けてゆこう、という「引き算」の発想に困難があるのではないか。むしろ性差以外に個々人のさまざまな特性・個性を積極的に強調してゆく「足し算」の発想で行ったほうが、結果的に「性差」の拘束力も相対的に弱まってゆき、男女平等も個の尊重も達成されるのではないか。私はむしろそう考えます。