複素代数幾何を代表するテキストであり、代数幾何や複素幾何に興味ある人は必ず読んでいると言ってよい大著である。読み通すには複素幾何の基礎的な知識、例えば層とコホモロジー、因子と直線束と可逆層の相互関係、ケーラー多様体と調和積分論の基礎などを身につけている必要がある。その意味で、「第0章と第1章は、本書で必要となる基礎知識を簡潔に纏めて提示している部分」と理解すべきだろう。第2章「リーマン面と代数曲線」から読み始め、必要に応じて前の部分を参照しつつ、第6章「2次直線榛(ちょくせんしん)」まで読み通すのが良いと思う。
本書の大きな特徴として以下の二点を挙げる事ができる。
先ず、全体を通して、複素射影空間の代数多様体を詳しく研究するという姿勢に一貫性があり面白い。例えば、グラスマン多様体のシューベルト・サイクルやシューベルト算法が本書の至る所に現われており、その有用性を実感できるのがとても教育的で良い。次に、研究対象を複数の異なった視点で解説している例が多数あり非常に面白い。曲線上のある特殊線形系の総数の計算や3次元射影空間の3次曲面、エンリケス曲面、K3曲面の解説などがこの好例であり、複数の視点で実体を研究する代数幾何の面白さを実感できる。
多くの内容が盛り込まれている本書の中で、特に印象に残った箇所を以下に述べてみたい。
第2章では、リーマン・ロッホの定理を、有効因子が張る線形スパンの次元と線形系の次元の関係式とみる幾何学的な解釈が非常に印象に残った。これから、ある条件を満たす曲線上(種数を2nとし、次数n+1で1次元)の線形系の数を求める事が、プリュッカーの公式を用いて空間曲線の3点割線や4点割線の数を求める事に帰着する事が示されている。更に、線形系の集合のヤコビ多様体上での像空間の次元が「ブリル・ネーター数」以上である事が証明され、その系として上記の問題が一般のnに対して解ける事が示されている。上述した本書の二つの特徴が顕著に見られる典型といえる。
第4章「代数曲面」は、カステルヌーヴォとエンリケスによる代数曲面の分類が主題であるが、彼らが射影空間に埋め込まれた最大次数の曲面や与えられた次数で最大種数を持つ曲線の決定につき、射影幾何に関する深い学識に基づき最終結論を得ていた事を知り非常に感銘を受けた。また、この章で「ネーターの公式」の詳細な証明が与えられている。小平先生の『代数曲面論』にもほぼ同等の証明があり、エンリケスの1949年のテキストが出所とされている。ヒルツェブルフのリーマン・ロッホの定理を使えば簡単に導ける公式であるが、公式の個々の項の意味を深く理解するには、本書のような詳細な解析が必要である事を知り考えさせられた。
第6章は本書の曲線論と曲面論の格好の応用であり抜群に面白い。2次直線榛Xとは、P3の直線全体G(2,4)をプリュッカー埋め込みでP5に埋め込んだ2次超曲面ともう一つ別の2次超曲面との交叉がなす(有理的な)3-foldの事である。この研究からクンマー曲面S、K3曲面Σ、アーベル曲面Aなどが極めて自然に現われる事に感銘を受ける。特に面白いのは、クンマー曲面Sからアーベル曲面Aを復元でき、更にAからXを復元できるというトレリ型の定理が成立することである。2次直線榛に関するクラインの古典を曲線上の安定ベクトル束の理論の中で復活させたのはマンフォードとその周辺の研究者であった、と知れば更に興味が増大するであろう。