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最近、「歴史教科書問題」や「首相の靖国神社参拝問題」など、日本人の過去への「認識」を問われる機会が多い。こうした論争は、毎年繰り返されてるにも関わらず、近隣諸国との「対話」は行われず、国民の間で歴史に対する「認識」のコンセンサスすら形成されていない。本書は、「他者」との「対話」の欠如の上に形成された「認識」というものが、いかに偏狭で自己中心!的なものであるかを教えてくれる本であり、「歴史の認識」の問題に直面している日本人に示唆するところは大きい。
また、(特に西欧への)留学を控えた学生には、日本を離れる前に読んでおくことをお勧めする。留学後日々の生活で出会う西欧人らが、かつて日本を含む「オリエント」をどのように見てきたのかを知ることは、「今何故、相手が自分のことをこのように扱うのか」を知る大きな手助けとなり、後で絶対役に立つ。(私は、英国の大学院に留学中に読んだ)特に、政治学、社会学、比較文化論を専攻しようと考えている方には、必須。
自分自身もパレスチナ人であるサイードは、アメリカ暮らしなど経て、この著書を書くに至った。であるから、サイードははっきりと言う。西洋人が東洋人を描くときの表現と、実際の東洋人とは何の対応関係もないのだ、と。なぜなら「オリエンタリズム」という言葉は、西洋人が東洋をどのように見ているかに他ならず、西洋の中にある東洋のことでしかないからだ。私はこの言葉のためだけでも読むかいはあると思う。
特に外国を旅行しているときなどに、強く自分を東洋人だと意識させられることがある。そのときの何とも言えない複雑な心境。その心境がいったいどこから来るのか。歴史、哲学、文学、政治、地理などあらゆる分野の文章を引っぱってきて、サイードは説明を試みる。どこの国の人間が読んでも、必ず考えさせられる名著。
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