5月9日の青山葬儀所の時も思い、その時に配られたメッセージカードにも泣きながら書いたのだが、僕は本当に後悔していました。もっと最近の清志郎のステージを見ておきたかった、と。今から20数年前、学生時代の頃、聞く音楽はRCだけだった。異常に夢中になっていた。当時の僕にとってRCサクセションというのは単なるロックバンドではなく、また音楽だけでもなかった。もちろん音楽なんだけど、文学でもあり、人生に必要ないくつかのことを学んだ。ロックへの入口がRCだったし、精神的に大人になるキッカケを作ってくれ、ホントに素晴らしいこと、楽しいこと、やるべきことを教えてくれたのがRCであり清志郎だった。
今でも思う。精神的な素養のすべて(といっても過言ではない)はRCの世界から学んだ。清志郎が亡くなったとき、矢野顕子さんが「心の美しさが歌に出ている人でした」とコメントしていたが、素晴らしく的を射たコメントだと思い、彼女とデュエットしていた名曲「ひとつだけ」(だったと思う!)を改めて聞いて涙が止まらなかった。そう、清志郎はとてもとても美しい心をもっていた。あんなに「純粋に歌が好きな」ミュージシャンを僕は知らない。
そんなに尊い存在のRCサクセションは僕のなかでは間違いなく16歳のころから20歳代後半まで圧倒的なナンバーワンだった。RCが開いてくれたロックの道をどんどん開拓し、国内外いろんな音楽を知った。RCが活動休止状態になってもタイマーズやってもニーサンズでもナンバーワンだった。
しかし、いつの頃からか、だんだん清志郎を聞かなくなり、ライブ会場からも遠ざかっていった。しかし心になかにはいつも清志郎がいたことは事実。RC以降に僕の心に響いたのはアンガスヤング(fromAC/DC)のギターリフだった。清志郎同様に生き様がロック!と感じたアンガスヤングを見に、ロンドンのドニントンパークにまで行き、ライブで「thunder struck」を聞いたとき、初めてRCのライブで「よぉーこそ!」を聞いたときに感じた衝撃と全身に鳥肌が立つ興奮と感動を味わった。登場するだけで、一瞬にしてその場が現実世界ではないような異空間を作り上げる尋常ではないエネルギーをアンガスヤングは放っていた。そして僕は最初に見たRCサクセションのライブを思い出していた。
そんなこんなで30歳代はACDCが圧倒的ナンバーワンの座に立ち(僕のなかで)、RCや清志郎はだんだん「普通」の存在になっていった。清志郎のいろんな活動は知っていたが、昔ほど興味をもてなかったことは事実。もっとハッキリいうと作品に期待していなかった。だからソロで出していたアルバムもほとんど知らなかった。すごい名曲があることも知らずに。
清志郎がガンで闘病中というニュースにはさすがに反応したが、なぜかしら清志郎なら死なない!と楽観していた。清志郎が若手ミュージシャンから尊敬され、また新しいファンを獲得していたことは知っていたが、それでも僕にとっては特別な話ではなく「そうやね〜」程度の興味にとどまっていた。だから清志郎の復活武道館ライブも行かなかった。というか知らなかった。
そして、今年のGW中、いつものようにパソコンで仕事していたとき、googleのサイドバーに「ロックミュージシャンの忌野清志郎さん死す」の文字が次々に入ってきた。もちろん驚いたし、まさか!と思った。あの清志郎が死ぬわけがない。何かの間違いだろう、多くのファンが思ったように僕も間違いかわざと本当っぽいウソのニュースを流しているんだろうと思った。しかしそのニュースは事実だった。
迷いはなかった。5月9日はすでに仕事が入っていたが青山葬儀所行きを最優先した。9日の当日、久々に清志郎のTシャツを着ていった。昼過ぎに着いたときすでに多くのファンが並んでいた。みんな静に清志郎の遺影を見るために待っていた。もちろん泣いている人もいたけど、僕は並んでいる間はまだやっぱり信じられなかった。本当に。あの清志郎が死ぬって、どういうことだろう?と。しかしだんだん葬儀所に近づくにつれ、僕は現実を受け入れはじめた。高校生のころ、しょっちゅうRCのチケットを買うために近所のレコード屋さんに徹夜で並んだ。だけど、今日、どんだけ並んでがんばっても清志郎は見れない、あの声が聞こえないんだ、あのステージはもう見れないんだと思うと猛烈に悲しくなり、自分でも信じらないほどぼろぼろと涙が零れ落ちた。そばには僕の友人がいたがとても日常のことなんか仕事のことなんか話せなかった。
約5時間並んだ末に本葬儀所に着いたとき、その悲しさは頂点に達した。そこに集まってきている清志郎ファンを見て、また涙が止まらなくなった。本当にこんなに愛されてたんだねキヨシロー!
清志郎のスーツ姿でやさしく笑いかけている写真を見て、さらに胸が締め付けられた。葬儀所に集まって号泣しているファンの方々に申し訳ないとすら思ってしまった。最近のライブを全く見ていなかった僕なんかがこの神聖なる場所にいてもいいんだろうか?と。
あの日、5月9日は1年分くらい泣いた。もうこれ以上泣くことはあるまい、と思っていたが、その後に僕が買っていなかった清志郎の作品を全部買って、改めてCDを聞き、DVDを見たら、また同じように滂沱のように涙が流れ出た。なんで、こんな素晴らしいライブ見てなかったんだろう!なんでこんないい曲知らなかったんだろう、という無念至極の涙だった。今では清志郎の歌すべてが新たな生命をもち、僕に語りかけてくれる。JUMPでも激しい雨でもRCのサマーツアーでもトランジスタラジオでも。だからこそなお悲しくなる。時々電車に乗って「baby何もかも」や「口笛」を聞いているときも涙が出そうになる。しかしやっぱり清志郎はこの世にはいないんだな、と。80年代よりも90年代よりもバカ野郎が増えたこの日本で、世界で、清志郎のような「完全に信じられ、尊敬できる純粋な人」がいないというこの喪失感はやはり埋めがたい。
だけど、僕は青春時代にRCに出会ったこと、清志郎に出会ったことを誇りに思う。そして十分に大人になった今、僕は僕らしく、清志郎のように信念もって楽しく純粋に正しくロックンロールに生きていきたいと改めて思っている。僕の生き方に絶対的な影響を与えてくれた清志郎はいま、僕の心に生き続けています!