現代人は忙しい。皆急ぎ足で生き、時間がないので歌も音楽も急速調を好み、ゆったりした音楽の持つやさしさや細部の美をつい見落としがちだ。アップテンポの演奏に比べ、ジャズのバラード・ナンバーは一聴スローで聴きやすく、演奏するのも易しそうに思えるが、実は反対だ。バラードは腕とセンスが真に優れた奏者でなければただのスローな演奏に堕しがちだ。だから全編バラードだけで1枚の ”ジャズ・アルバム” を作るというのは大変なことなのだ。スローナンバーをただ並べればいいというものではない。アルバム・コンセプト、リーダーの能力のみならず、参加するプレイヤー全員の技量と、加えて美的センスが問われるからだ。そして1曲1曲に聴き手の情感に訴えるものがなければならない。だからそういう条件をクリア―し、歴史の評価にも耐え、今も名盤として聴き続けられているジャズ・アルバムは意外に少ない。その代表がジョン・コルトレーンの「Ballads」(1961/62)であり、このジェリー・マリガンの「Night Lights」(1963)である。
アルバム全体にジェリー・マリガン (p, bs) の粋なジャズ・センスと美意識が溢れている。バリトン・サックスで西海岸のピアノレス・カルテットを率いていたマリガン自身が味のあるピアノを弾くのも一興だ。共演者もボブ・ブルックマイヤー(tb)、アート・ファーマー(tp)、ジム・ホール(g)と、抑えたプレイの得意なバラードの名手ばかりである。そして選曲がまた素晴らしい。油井正一さんの伝説的な深夜ラジオ番組「Aspect in Jazz」のテーマ曲であったショパンの ”Prelude in E Minor” をはじめ、アルバム・タイトルの「夜の灯」をテーマにした名曲と、実にしぶく味わい深い演奏が続く。人それぞれ好みの曲があろうが、私は地味な ”Tell Me When“ の密やかな雰囲気が好きだ。この曲を聴いていると、現代の超高層ビルのバー・ラウンジから見下ろす街の灯が見えてくるようだ。半世紀前の作品なのに、不思議なものだ。忙しい人、疲れた人、心を鎮めたい人…皆さん是非聴いてみてください。