レイ・デイヴィス、ボブ・ディラン、スティング、ブライアン・ウィルソン、ランディ・ニューマン、J. D. サウザー、そしてピーター・ゲイブリエル。この数年以内に他人の曲のカヴァー集や過去の自作のセルフ・カヴァー集を出したヴェテラン・ミュージシャンたちだ。確かにそれぞれのミュージシャンの個性は出ているし、出来も必ずしも悪いわけではない。でも、これだけ続くと食傷気味だ。優れたソングライターであるほどオリジナル新作を期待したいのに、何年ぶりかの新譜がカヴァー集やセルフ・カヴァー集となると、正直なところ少々がっかりするし、もう新作を作る創作力が枯渇して懐メロ歌手になってしまうのかというそこはかとない不安を感じて哀しくもなる。
特にピーター・ゲイブリエルの場合は、2002年に_Up_を出した後は、自分も含むさまざまなアーティストのコラボレーションを集めたワールド・ミュージック色の強いコンピレーション・アルバム_Big Blue Ball_に、他のアーティストと互いの曲をカヴァーしあうという企画の第1弾として出された_Scratch My Back_(近い将来このアルバムでカヴァーした曲のオリジナル版のミュージシャンたちがゲイブリエルの曲をカヴァーしたものを集めたアルバムを出す予定らしい)と、企画物アルバムが続いただけに、今回は前作の延長にあるセルフ・カヴァー集と聞いて、非常にがっかりした。いいかげん全曲オリジナル新作のアルバムを聴かせてほしい。オーケストラと共演したいならそれもかまわないが、そのスタイルで新作を聴かせてくれたらなお良かったのにと思わずにいられない。まして、今年(2011年)ゲイブリエルよりも9歳くらい年上の70歳を目前にしたポール・サイモンが過去の成功に安住することなく素晴らしいオリジナル新作アルバム(『
ソー・ビューティフル・オア・ソー・ホワット』)を発表しただけに、なおさらそう思う。
とはいえ、このゲイブリエルのアルバムも、駄作というわけではない。このようなアレンジもありだと思うし、それなりに魅力もある。だが、もし買うのなら1枚ものよりも2枚組スペシャル・エディションをお薦めしたい。
それというのも、CD2のインストゥルメンタル・ヴァージョンが良いからだ。個人的にはむしろそちらのほうが気に入った。その最大の理由は、ゲイブリエルのヴォーカルを聴くと、どうしても原曲を思い出してしまうことにある。もともとオーケストラをバックにしても違和感のない曲ならともかく、CD1冒頭の“The Rhythm of the Heat”では、原曲は徐々に人間的な理性を失って打楽器の荒々しいリズムに身をゆだね陶酔しながら狂乱するような感じが印象的だったのに、曲後半の荒々しいリズムの主体が弦楽器になっていることで何か余裕のある感じで狂乱とまではいかないのが残念に思えてくる。同じくリズムが特徴的で聴く者を精神的にギリギリと追い込まれていく気分にする“Intruder”も、原曲ほどの緊迫感を感じられない。だが、スペシャル・エディションのCD2に収録されているヴォーカルなしのインストゥルメンタル・ヴァージョンでは、これらの曲は、ゲイブリエルの原曲を想起させるセルフ・カヴァーというよりも、あたかもストラヴィンスキーやショスタコーヴィチなどの20世紀音楽を聴いているような感じで、そのバーバリズム的な荒々しいリズムがとても魅力的に感じられる。メロディアスだったりドラマティックだったりする傾向の曲の数々も、このインストゥルメンタル・ヴァージョンでは、独自の素晴らしい映画音楽か交響詩のように聞こえ、どうしても原曲と比較してしまうCD1のヴォーカルありのヴァージョンよりも素直にその音楽に聴き入ることができる。
ちなみに、CD1とCD2の両方に入っている “The Nest That Sailed the Sky” はもともとインストゥルメンタルの曲なので、CD1のほうでもヴォーカルは入っていない。一方、CD2のボーナス・トラックである(したがって1枚ものには入っていない)“Blood of Eden” はヴォーカル入りである。CD1の2曲目 “Downside Up” では娘のメラニー・ゲイブリエルがフィーチャーされているが、_Up_の後のグロウイング・アップ・ツアーのDVDでは親子で逆さ吊りになってこの曲を歌っていたのを思い出した。このメラニーの歌は悪くないが、CD1の “Don’t Give Up” でのデュエット相手のアーネ・ブルンは、原曲でのケイト・ブッシュやウィリー・ネルソンのカヴァー・ヴァージョン(
Across the Borderlineに収録)でのシネイド・オコナーと比べてなんとも残念に思える。挫折した男を慰め励ます天使的な女性というよりも魔法使いのおばあさんのように聞こえすらする。
以上のことから、2枚組スペシャル・エディションは星4つ、1枚ものは星3つに留める。なお、10月26日(欧米では24日)に発売になるDVD+Blu-ray+2CD+写真集のセットには、スペシャル・エディションのCD1(つまり1枚もののCDと同じもの)とDVDなどに収録されるライヴのハイライト版(つまり全曲ではない)の2枚のCDがつくようだが、スペシャル・エディションのCD2に当たるインストゥルメンタル・ヴァージョンは収録されないようだ。こういう悩ましいリリースのしかたはどうにかならないものだろうか。