登録情報
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| 1. NOT FOUND |
| 2. 1999年,夏,沖縄 |
何故なら、桜井さんの曲は理屈で攻めることを必ずしも必要としないからだ。
勿論、apbankなどをするにあたり、数々の無責任な批判と闘わねばならない以上、理論は大切だ。
しかし、彼の曲がここまで多くの日本人にひろまった理由は、
「感心こそすれ感動しない」曲たちが90年代以降氾濫した中で、
彼はきちんと「感動」する作品を創ってきたという点にこそあるのではないか。
実は、自分も当初はミスチルというものをそのレコードセールスに対する反抗心から、
先入観でレッテルを張り、拒み続けた一人だった。
だが、上で述べた「感心」と「感動」の関係から、自ずと雪解けは時間の問題だった。
そういう、桜井さん独特の空気の中にこの曲はある。まだ沖縄に行ってない人は是非足を運んで、
ひめゆりの塔や住民が自決した洞窟、或いは米軍基地、そういうものと無情なまでに青い空と海が同居してる不思議さを感じてきてほしい。
しかしそこから語りかけるべきことは、戦争を直視することだけではないかもしれない、
むしろ、沖縄の人たちの人柄や考え方から多くを学ぶことが多いのだと思う。
謙虚な気持ち、素直な気持ち、そういうものを沖縄は人に返してくれる。
こころに咲いたちいさな花を育てることが、この健気な曲に生きていると思った。
だから、お酒の話でいいんだとおもう。そこに仲間がいて
おいしいお酒を飲むこと、それが感謝の酒であること、幸福の酒であること。
いつまでもこのうたをうたって、発見することは多くなってゆくだろう。
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