「鰻の幇間」は、間抜けな幇間が騙されたのに気付くまで、あくまで、騙した旦那を「騙している」と見せないよう、事前に羊羹を配ったりして精を出す幇間を演じている。後年、古今亭志ん朝師匠はこの部分を省略して、むしろ騙す「旦那」を前面に出して、それにも拘らず気がつかない幇間のおろかさに重点を置いたが、今聞いてみると、やはり文楽演出の方がいいのかもしれない。その文楽演出と同じ構図でただギャグの点では過剰とも言える古今亭志ん生師匠の演出の方が、筋が通っていると思える。
「干物箱」は、筋立てがそもそも荒唐無稽であるから、演者の話術で親父に気がつかれないようどこまで引っ張るかが勝負だが、中々この文楽演出を超えるものは、出てこない。ただ、この噺自体は、時代の中で消え去ってしまうかもしれないと思う。残念だけど。