N響ファンのみならず、クラシック音楽愛好家に広く一読をお勧めしたい。
決して堅苦しい本ではなく、創立以来の波瀾万丈をその時代背景とともに活き活きと紹介していて楽しい。特に、1960年の空前の大事業「世界一周演奏旅行」のくだりはトラブル満載、抱腹絶倒。金欠ぎみの旅先でソニーのトランジスタラジオをホテルボーイに売りつけて酒代を稼ぐとか、レパートリーの黛敏郎「曼荼羅交響曲」に引っかけて「曲はマンダラ、ギャラはツーダラ($2)」と自嘲したなど、時代を感じさせるオヤジギャグにも事欠かない。
それでもこの本が格調を落とさないのは、日本人の西洋音楽受容の歴史の重みをしっかりと響かせているからだろう。
世界一周直後のプライド高きN響が若き小澤征爾をボイコットし、三十年以上も袂を分かった「小澤事件」についても、教えられた事実が多い。アメリカ仕込みの青二才呼ばわりされた小澤が、当時の週刊誌上で「今まで、どこの国でも、ぼくの棒が分からないなんて、いわれたことはなかった。」と、ムキになって反論していたという。先日のNHKの番組で「斉藤先生の教えたことが間違っていなかった。ボクたち(サイトウキネンオーケストラ)の欧州遠征の大成功でそれを証明したと自信を持った。」と小澤が語っていた。この本を読んで何かが胸にストンと落ちた。
エピローグで筆者は、オケにとって海外公演の重要さとともにオペラ経験の必要性を説いている。私の夢は、小澤がウィーンでの最高位の任期を終えたら日本に腰を落ち着け、N響といっしょに新国立のオペラハウスのピットに入って日本のクラシックの新たな段階のためにともに汗をかいてほしいことだ。