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女性らしい柔らかさ、優しさ、清純さに満ちた、澄み切った冬の大気のような声。こういう声を、いまの荒廃した時代は必要としているに違いない。シセルは1969年ノルウェーのベルゲン生まれ。16歳でデビュー後ノルウェーの国民的スター歌手になり、1994年にリレハンメル冬季オリンピック開会式で歌って以来、世界的知名度を得ている。本作は、シセルがアメリカをはじめ世界規模で発信する最初のアルバムである。フィリッパ・ジョルダーノほど露出的、扇情的ではなく、サラ・ブライトマンほど女優的でもない。シセルはクロスオーヴァー系のレパートリーを持つ女性ヴォーカリストの中で、いちばん上品で自然に思える。
このアルバムは、大きく2つのパターンの作りの曲が組み合わされており、シセルは曲のタイプに合わせて多彩に声の色を使い分けている。第一は「サムワン・ライク・ユー」「エンジェル・レイズ」「ユー・レイズ・ミー・アップ」「ビヨンド・イマジネーション」といった、アメリカの上質ポップス系の美しいバラード。1曲目「ウェイト・ア・ホワイル」は何とディープ・パープルのキーボード奏者ジョン・ロードのソロ作品から取られている。第二は「私を泣かせてください」(ヘンデル)、「別れの曲」(ショパン)、「私のお父さん」(プッチーニ)、ウェールズの名バリトン歌手ブリン・ターフェルとコーラスが加わった「アヴェ・マリア」(シューベルト)といった、クラシック音楽のクロスオーヴァー。それらの中間に位置するのが「ピエ・イエス」(アンドリュー・ロイド・ウェッバー)や「忘却」(ピアソラ)、「デボラのテーマ」(モリコーネ)になる。どれも選りすぐりの夢見るようなメロディばかり。シセルは、一見違和感のあるピアソラであろうと、彼女独特の心暖まる世界へと見事にリメイクしている。
クラシック系の曲でもっとも聴かせるのは「あなたの声に心は開く」(サン=サーンス《サムソンとデリラ》より)。壮大な官能美の世界を演出したショウのように面白い。“清純派”が積極的誘惑に出たときの抗しきれない魅力とでもいおうか。最後「サムソン、サムソン、ジュテーム…」とささやく声は、オペラ歌手にはありえない現代的な色気があって、かなりゾクッと来る。(林田直樹)