テオドール・クルレンツィス(Teodor Currentzis 1972-)指揮、ムジカエテルナ(Musicaeterna)とニュー・シベリアン・シンガーズによるモーツァルトのレクイエム。独唱陣は、S:ケルメス(Simone Kermes)、A:ウゼール(Stephane Houtzeel)、T:ブルッチャー(Markus Brutscher)、B:リシャール(Arnaud Richard)。2009年の録音。
ムジカエテルナは、ギリシア生まれの指揮者クルレンツィスによって、ロシア、ノヴォシビルスク市に設立されたピリオド楽器によるオーケストラ。2010年録音のショスターコヴィチの交響曲第14番が話題になったが、このモーツァルトはその前年に録音されたもの。
これまたユニークな録音。特徴の一つは、モーツァルトの絶筆であるラクリモサと、ジュスマイヤー(Franz Xaver Sussmayr 1766-1803)によって補筆完成されたオッフェルトリウムの間に、短い「アーメン・フーガ」が挿入されていること。この「アーメン・フーガ」は、断片のみの遺稿が発見されたもので、モーツァルト研究家のロバード・レヴィン(Robert D. Levin 1947-)などは、これを元にラクリモサを書き代え、アーメン・コーラスの前に1分半に及ぶアーメン・フーガを挿入した(マッケラス盤が参考に良い)。しかし、クルレンツィスは、この「断片部分」のみを、ラクリモサの終了後に挿入している。といっても、これは断片でしかない。どうするのか?と聴いていると、壮大なアーメン・コーラスのバックで鈴がしゃんしゃんと鳴り始め、そのリズムに誘われてアーメン・フーガが始まる。だが、これは数十秒ほどで、消え入るように終わってしまい、今度は何もなかったかのようにオッフェルトリウムが開始されるのである。
これは不思議な演出だ。まるで冥界に旅立ったモーツァルトが、旅路に出る前に、ちょっとだけ現世の思い出を振り返るような儚さが漂う。演奏も、マッケラス盤では完成されたフーガが、飛び跳ねるように闊達だったのに対し、このクルレンツィス盤は、そっとはじまって、すぐに闇に吸い込まれるような怖さがある。
この部分がとても印象的なディスクなのだけれど、演奏全般に質が高い。最近の流行に即したピリオド楽器らしい小編成の演奏で、早いテンポに終始しているが、インパクトがとにかく鮮烈。迫力の大方は急峻なインパクト・ポイントの設定によって達成されていると言ってよい。独唱、合唱、オーケストラを、徹底して同じ表現スタイルで纏め上げた演出もまた現代的なスタイルだろう。また後半のオッフェルトリウム以降も真摯な音楽表現が貫かれていて、第10曲の「オスティアス」など、かつての名盤とは一線を画す繊細な情感が得られていると思う。クルレンツィスというアーティスト、なかなか面白い存在で、今後も注目したい。