ステファン・ライス率いるブラバント・アンサンブル、通算11作目(ハイペリオンでは10作目)はムートンの作品集である。2011年8月、英オックスフォード・サマータウンの聖マイケル天使教会にてセッション録音。全7曲11トラック、総収録時間66分12秒。
ジャン・ムートン(1459以前〜1522)はルネサンス期のフランス宮廷で活躍した作曲家。出自は聖歌隊の指導者といわれ、生涯を通じて多くの声楽曲を手がけている。作品の大半はモテットだが、大規模なミサ曲にも優れた手腕を発揮し、やがて興るバロック音楽への橋渡し的な役割を果たした。
本作でその作品群を蘇らせたのは、1998年に創設されたブラバント・アンサンブル。声楽アンサンブルのメッカであるイングランドでも、ルネッサンス期の宗教音楽のスペシャリスト集団として評価を得ている。ちなみに楽団名は、彼らが得意とするフランドル楽派ゆかりの「ブラバント公国(Duchy of Brabant )」から採られた由。
収録曲は30分を超える5声のミサ曲「汝の名はペテロ(Tu es Petrus)」を中心に、8声(4声のカノン)のモテット4曲+4声のモテットが2曲。どの楽曲も洗練度が高く、和声の扱いの巧みさが印象的。特に標題のミサ曲は、冒頭の「キリエ」からポリフォニーの見事な効果に惹き込まれる。
ブラバント・アンサンブルの合唱もたいへん瑞々しく、声部が複雑に絡み合う(といっても、バロック期以降の合唱曲に比べればシンプルなものだが)部分でも純度の高さを失わない。単調になりがちな楽曲に適度な起伏を与えるライスの指揮も見事である。
聴いていると部屋の空気が浄化されるような錯覚に陥るのだが、一方ではその浄化作用がちょっぴり強過ぎる気もする。これはハイペリオンの合唱作品に共通した印象で、おそらく録音で超低域成分をカットしていることが原因だろう。
結果としてひじょうに澄み切った音場が得られているが、教会建築につきものの「低周波の環境音」と一緒に人の気配も濾過されているため、アンサンブルが宙に浮いているようにも感じる。それが録音の狙いかもしれないし、それが気になるほどに音量を上げて聴く音楽でもないのだが。
ムートンは音楽史にひっそりと足跡を印した作曲家だ。その作品に触れる機会は稀で、特に日本では滅多にない。もっと紹介されて然るべき、と思ったら、本作にやや遅れてタリス・スコラーズの新作
Jean Mouton: Missa Dictes Moy Toutes Voz Penseesがリリースされた。本作と重複する楽曲も含まれており、ムートン作品を聴き比べる愉しみも増えそうである。