私の手許には学生時代に買い集めたマーキュリー・リヴィング・プレゼンスのLP盤が少なからずある。それらの中には当時から入手困難だったものも多く、学生が気安くコレクションできるような価格でもなかった。しかし再生した時の音質の良さは、安アパートがあたかもコンサート・ホールに変わったかのような、劇的なものだったことを今でも良く覚えている。そしてその後のあらゆる録音に対する私の音質評価はリヴィング・プレゼンスが基準になっていると言っても過言ではないだろう。それは音の鮮明さ、臨場感、そして自然な音響空間などで、オーディオ機器を買い揃える時の目安としても、試聴サンプルとして聴いていたのがこれらだった。勿論演奏そのものも名演の名に恥じないセッションがきら星の如くあり、その後CDになってから買い換えたものもあって、今回の廉価盤化による大挙放出には複雑な思いだったが、未購入のものも多く、また廃盤の憂き目に遭っているCDもあって結局買ってしまった。過去にレコーディングされたタイトルは350にも上るが、CD化に伴って曲目は適宜リカップリングされているようだ。ただし今回の50枚のセットからは除外されている録音も多数あるので、購入されたい方は希望する曲目が含まれているかどうか確認する必要がある。ライナー・ノーツは64ページで、録音時のエピソードと演奏者紹介が写真入りで掲載されている。
ボーナスCDには当時のプロデューサー故ウィルマ・コザート・ファイン女史へのインタビューが収められている。1951年から始まった無指向性一本吊りのモノ・マイクロフォンでスタートしたリヴィング・プレゼンスの録音は、やがて59年には三本吊りのマイクによる採音と35mm映画用音声テープを使った3トラック・レコーダーへの録音という、決定的な手法を編み出した。半世紀も前の稚拙な機材とミキシング技術と言ってしまえばそれまでだが、この方法によって現在の録音技術にも匹敵し、ある意味ではそれを凌駕するほどの音質が得られている事も多くの人が指摘している事実だ。彼らのレコーディングは67年で事実上終了したが、プロデューサーを始め、この仕事に携わったエンジニア達の音に賭けたこだわりと、熱い意気込みがこれらのCDを通じて再び蘇ってくるようだ。