2004年作品。2000年代ヒップホップで最も愛聴した作品。これ程多くの驚きに溢れた作品はジャンル問わ
ず実に希少だ。
本盤の主役、マッドリブは2000年頃から台頭した米ヒップホップ界きってのトラックメイカー。「カジモト」「イエ
スタディズ・ニュー・クインテット」等複数名義にて、新旧問わず膨大な音楽知識に基づいた、幅広いジャン
ルを横断する秀作を多数発表している。
本作ではアンダー・グラウンドシーンで絶大な人気を誇るMC、エム・エフ・ドゥームに主なフロウを任せ、自
らは背後のトラック創作にほぼ集中している。
ヒップホップでは、過去の楽曲の一部分を引用する「サンプリング」という手法が頻繁に用いられるが、殆ど
が一曲につき一サンプルを引用するパターンである。しかしマッドリブの場合、一曲に対し列挙し切れない
程の数の音源を用意し、数秒毎にそれらのサンプルを絶妙に入れ替えるというより高度な手法を用いる。
この手法は「カジモト」名義で01年に発表された名作「
The Unseen」で既に用いられていたが、この作品で
は、そのコラージュセンスにさらに磨きをかけている。
全22曲、1〜2分の間隔で次々曲が入れ替わるが、各曲中でも数秒毎に引用サンプルが入れ替わり、聴き
手は数秒先の展開さえ全く読めない。彼の用意したサンプルはビル・エヴァンスの名曲「ナーディス」の一
部、スティーヴ・ライヒの実験音楽「カム・アウト」の一部に始まり、果ては日本のゲームセンターでのスロッ
トマシンの「やった!」という声、奇妙な笑い声、出典不明のモノクロ映画音楽の一部、古いドラマの台詞の
断片にまで実に多種多様であり、それらをチグハグにすることなく絶妙にコラージュするのだから、聴き手は
退屈する暇が無い。数秒毎に不穏な空気を感じたり、メランコリックになったりと実に忙しい感情の起伏を繰
り返す。一曲毎に詰め込まれる膨大な音情報には、マッドリブの執拗なまでの「音オタク」精神が遺憾なく発
揮され、全体として、ダークなトーンだが恐ろしい程格好良く洗練されたコラージュ音絵巻に仕上がっている。
さらにそれらの音楽に乗るエム・エフ・ドゥームの埃っぽい落ち着いたフロウが、良い化学反応を起こしている。
一曲毎に感動を与えてくれる作品は数あるが、数秒毎に驚きと新鮮さを与えてくれる作品はそう無いだろう。
ヒップホップ好きだけでなく、ジャンル不問で多くの音楽好きに聴かれるべき大傑作。