服部三部作の最新版。マルチプルによる株価算定に関する服部M&A理論はここにある。「典型的な日本企業のマルチプルはだいたいこんな感じ、WACCもこんな感じ」っていう説明の仕方は、『なんて適当なんだろう。』って違和感を覚えるかもしれないが、その倍率やWACCを念頭において、実務の現場に臨んでみると、なんと「いい塩梅」に株価が算定されることか驚かされる。服部氏の長年の実務家としての経験から「身体に染み付いた」株価の感覚なのであろう。実務家の感覚は、ファイナンス理論よりも妥当な結果を導くことが多い。
また、敵対的買収防衛策の説明も充実している。服部M&A理論を理解して、以下のように思った。
防衛策が議論されるときに、「企業価値の最大化に資する買収提案」があ〜だ、こ〜だと議論されるが、「企業価値の最大化」の意味が曖昧すぎて、世間一般の人達はちゃんと理解できていない。売り手側にとっての「企業価値の最大化」とは、いま保有している株式が最も高く売却できることである。会社そのものが将来成長しようが価値が高まろうが、株式を売ってしまった後は買い手側の問題であろう。
経営者や従業員に対して“敵対的”な買収を実行したスティール・パートナーズが、仮に買収に成功して株式を取得したとしよう。その後、経営者や従業員の反発によって企業価値が高まらず、株価が下落したとすれば、その損失を被るのは、まさに株式を保有するスティール・パートナーズ自身なのである。それでも敵対的に株式を買い取りたいというならば、いいではないか。売り手側は、「企業価値の最大化」すなわち自分が保有する株式が高く売却できることだけを考えれば十分である。短絡的に買収を阻害するのではなく、スティール・パートナーズの提案する買収価格をいかに吊り上げるかに注力すべきであろう。
日本の経営者はその点を理解しているのか。
MBOが企業価値向上に資するスキームって言っても、その企業価値は買収者の一人である経営者と資金提供する投資ファンドが保有する株式の価値を高めて転売時のキャピタル・ゲインを増大させるだけの話しであろう。つまり、MBOの際に売り手となる既存の株主にとっては、何ら無関係な話しである。むしろ、「今のままでは株価は、これ以上、上がらないので、高いプレミアムを付けてくれる投資ファンドに売ってしまいましょう。これは最後のチャンスですよ。」って言ってくれたほうが、まだ理解しやすい。
とかく「企業価値の最大化」って曖昧な言葉を振り回す日本の経営者が多いが、やめてほしい。「誰が持っている株式の価格を高めるのか」、その点を明確にして話しを進めてほしい。