80年代に台頭した若手の中心的存在がこのエリスとジョナサン・レセムだ。「レス・ザン・ゼロ」は80年代にアメリカでセンセーショナルな事件として捉えられた。1965年生まれの若者が1985年に出版したこの「レス・ザン・ゼロ」はゼロ・ジェネレーションという波を作った。虚無的な乾いた空気を通して若者たちの奔放な生活を描いただけに波紋は大きかった。若い世代の作家がこの時期アメリカで急増していたが、その最たるものとして注目されたのがこのエリスだった。今、多くの人が持つアメリカの若者のイメージは実はこの作品によるところが大きいと思う(主に80年~90年半ばにかけて)。80年代の荒廃したアメリカのイメージ(絶望的な近未来)、そして暴虐性を伝えるものとして。この厭世的な空気は「アメリカン・サイコ」にも引き継がれている。ケルアックと比較される程、リズムカルでスピーディであり、冷めた目で世界を見ている。今のアメリカにも重なるところもある。こうした光景が日常化してしまった故に、事件があってもさして関心を示さない。ただあった事実を淡々と見るだけだ。 あの時代、アメリカにはどこか厭世的な空気があった。それが多くの小説や歌、映画などに荒廃した近未来のイメージを描かせていたのだろう。日本のマンガにもこの頃、同じとうなテーマが見られる。あの時代はそういった時代だった(同じ頃、バラ色の未来を描いていた鈍感な公共ものと違って)。ある意味で、虚構であることを知りつつも、まじめな顔をして厳かに語れたじだいでもあった。日本でも数年前に金原ひとみ、綿矢りさ(見え隠れする意図は否めないだろうが)らによる世代見出したが、それが何を生み出したかを考える必要はあるだろう(私には変わっていないとうに見えるが)。私はもう一つの世代、ゼロ年世代の方が興味あるが(担い手を生み出している点に限れば)。