バッハはクラシック音楽の父と評されることが多いが、それに対して、私はクープランを音楽の母と呼びたい。重厚長大なドイツ音楽のエッセンスがバッハ、特に彼の『マタイ受難曲』に象徴されるとするなら、シンプルかつ軽快で優雅なフランス音楽のエッセンスはクープランと彼の『夜課』に代表されるといえよう。実際、ドビュッシーやラヴェルなど後のフランス音楽の黄金時代を築いた作曲家達は、クープランやラモーなどフランス古典音楽の影響を受けているのである。
さて、この『夜課』であるが、一般的な宗教音楽の荘重なイメージとは全く違い、女性的な優しさに満ち溢れている。これは後のフランスの宗教音楽にもつながる要素であるが、実は、この曲はルイ14世に仕えていたクープランが、王のために作った曲なのである。ルイ14世は、晩年、対外的な戦争にも敗れ、内政もうまくいかず、失意の日々を送っていた。そんな彼を慰めるために作曲されたものなのである。すなわち、ありきたりな言葉を使えば、「癒し」の音楽なのであるが、現在巷に溢れる軽薄なヒーリングミュージックとは違い、深層では力強いパッションが流れ、非常に滋味に富む音楽となっており、深い感動を引き起こす作品である。
一般にフランス音楽は「軽薄」なものとみなされることが多いが、見かけに惑わされてはいけないのであり、逆を言うと、本心を隠してはぐらかし、仕上がりのよさを強調するところがフランス文化のエッセンスとも言えよう。