日本では、「アルザック」と並んで有名なメビウスの長編の初の完訳本です(ジャン・ジロー名義ではブルーベリーが有名ですが)。邦訳発売が遅すぎると感じる程の名作です。至宝の邦訳本と言えます。現在の視点で見ても、古さを感じさせません。初めて読む方でも、すんなり読めると思いますし、新たな刺激を受けること請け合いです。ストーリーも、まだ展開を難解にしなかった頃のホドロフスキーらしい味が良く出ています(「エルトポ」「ホーリー・マウンテン」「ファンド・アンド・リス」HDリマスター版DVDも、2011年1月に発売されました)。しかも、仏語版現行のデジタルペイントではなく、オリジナルカラー版の収録だというのが感激です。また、仏語合本版に比べて、分冊版の各表紙が収録されているのもポイント高いです。また、ユーロマンガvol.4(飛鳥新社)に掲載された番外編「ソリューンの誕生」も出版社の垣根を越えて掲載されています。
過去に発売された講談社版(第1巻のみの発売)と比較すると、講談社版では誤訳?もあり、珍妙でギクシャクした印象で読みにくかった会話やストーリーが、スムーズに読めます。これは、邦訳1巻発売時、本国でもまだ4巻までしか発売されておらず、以降の展開や登場人物(固有名詞が人物なのかどうかすら)が不明のまま翻訳されたためでしょう。名称も「ソルーヌ」となっていたのが、飛鳥新社版と同じ「ソリューン」に統一されたり、「フックミサイル」が「クロックミサイル」、「ハレンチ地区」が「赤い環」、「シンセ・ガールのボーカルサービス」が「人造娼婦(ホメオビュート)の甘いささやき」、「毒マムシ用警察拳銃」が「ヴァイパーポリス・ガン」、「黒卵子産卵大王(グランポンダー・トングルだいおう)さま」が「闇の産卵者」、「闇の女王」が「闇」、「黒いアンカル」が「闇のアンカル」に変更等々、現代のニュアンスに即した翻訳になっています(「セックスバンク」をわざわざ「セックス銀行」としなくても良かったとは思いますが…)。原作者名も「ジョドロブスキー」から「ホドロフスキー」と、現行の名称に統一されています(講談社版の発売は1986年、ホドロフスキーの映画「エルトポ」が日本で初めて一般公開されたのが1987年ですから仕方が無いです)。最近のShoProの他の邦訳本でいつも気になっていた解説のリーフレット(いつか無くしそうで怖いです)が無いのも、保存版の書籍として良心的だと思います。
原著全巻との比較では、原著より本のサイズが小さいので、圧縮されて色彩が濃いです。原著はもっと色彩が淡く美しいので、ビジュアルに興味のある方は仏語版を購入されてはいかがでしょうか(papier:パピエさんで現在も購入可能です。ちなみに仏語版では現在、本編以前やその後のアンカルのスピンオフストーリーのコミックも出版中です。メビウスのアートではありませんが、主人公ジョン・ディフールのその後などが気になる方は是非)。表紙がマットホワイトで高級感はあるのですが、経年による焼けや汚れが心配、というのは贅沢な不満ではあります(私は速攻でカバーをかけました)。とにかくこの価格でハードカバーで出版してくれたShoProの英断に拍手喝采を送りたいです。出版に当たっては、昨今のバンドデシネの静かなブームが良い追い風になった様です。また、2011年9月30日には「エデナの世界」の完全版邦訳が発売されました!。この勢いで随筆短編「まわり道」も収録したアルザックの新旧合本版も邦訳を出してほしいですねぇ(まだ新作3部作の1巻が出たとこではありますが、新作は文字が多くて…)、いっそのこと短編も…。贅沢な希望かもしれませんね。