カウント・ベイシー(William "Count" Basie、1904年8月21日〜1984年4月26日)は、米国のジャズピアノ奏者、バンドリーダー。グレン・ミラー、ベニー・グッドマン、デューク・エリントンらと共にスウィングジャズ、ビッグバンドの大御所である。一般的に長い演奏活動を1929年からベイシー楽団を結成した時期、1936年からシカゴからニューヨークに拠点を移しビックバンドで名声を得た時期、1940年後半の第二次世界大戦の不況で解散、1951年に再度ビックバンドを結成、ヴァーブと契約し強力な新メンバーで不動のものとした時期に分けられる。日本への来日も1963年から1983年までと8回を数え、揺るぎないファン層を確立した。アルバムは1962年インパルスの録音でLPの重量版はオーディオ・チェックに使用され、かつて凄い値段の貴重盤になった。演奏は気心知れた仲間のスモールコンボで気楽な雰囲気の中、ベテランによる高度な完成されたカンザスシティ・ジャズを聴く事ができる。カンザスシティ(Kansas City)は米国に二ヶ所あるが、こちらはミズーリ州西部に位置する最大の都市の方でジャズ史においても重要な場所といえる、1930年代にビッグバンドから1940年代のビバップへと変化を遂げる橋渡しとなった土地である。街中に点在するナイトクラブは禁酒法の規制を事実上逃れ夜通し営業していた中、カウント・ベイシーも1929年にここで活動していた。ここで生まれ育ち少年期に、この音に影響を受けたチャーリー・パーカーは1939年にニューヨークに移り、1940年代にビバップを創り上げモダン・ジャズの礎を築く事になった。
(青木高見)