ジャンルの枠を超え、土臭さと洗練さを併せ持った魅惑的な音楽だ。
本盤の主役であるQ-Tipは音楽ファン、特にヒップホップ好きには神様のような存在であった「ア・トライブ・コー
ルド・クエスト」の中心メンバーであり、90年代初頭デラ・ソウルらと共にラップ=マッチョな価値観を覆す、親し
みやすいが音楽的に高度な名盤を量産した人。彼も今年で40歳となることを考えると、ヒップホップも歴史的
に成熟しつつあるのを感じる。
本盤は彼がトライブ解散後ソロ名義で発表する通算2作目であり、一旦2002年にリリースが決まっていたもの
の、レコード会社からお蔵入りの憂き目に遭い、なんと7年の年月を経て念願の正式リリースとなったもの。
何となく、終期トライブの作風を受け継いでいたソロ1作目の「Amplfied」と異なり、今作は彼の純粋な実験精神
の「論文」となっており、当時のヒップホップの流行サウンドからは明らかに距離をおいた、異端だが耳を傾けず
にはいられない魅惑的な音楽の結晶である。
第一の特色は「ラップ・シンギング」とも言うべき彼の独特のライミングである。ライミングが途中で自然にメロディ
付きになり、半分は歌ったりスキャットしたりと、ライミングが主役の他のヒップホップアルバムに比べて圧倒的に
言葉数の比重が小さい。
第二の特色は、インスト演奏のみのスペースを十分あてがった音楽である点。厳密には計算していないが、音楽
の約半分は、彼の声が完全に退きバックの楽器演奏を前面にfeatできるように設計されている。今作制作の際
彼はジャズを多分に意識した様だが、脇を固める楽器のインプロヴィゼーションはジャズの大きな特徴であり、こ
の点も他のヒップホップ作品には見られない部分である。
第三の特色は、これまで以上に彼の個人的な音楽嗜好が色濃く出ていることだ。例えば5曲目で使用されるムー
グの独特な音は70年代のスティービー・ワンダーの作品の影響を感じるし、1曲目でのギターを前面にfeatしたフ
ァンクスタイルは全盛期のプリンスへのリスペクトを感じる。
しかし単なる懐古趣味に終わっていないのがこの作品の傑作たる所以であり、それらの生楽器に絶妙な塩梅でエ
レクトロ・サウンドが絡み、彼独自の音に仕立てるのは流石というところだろう。
結果として、彼にしか紡げない土臭さと洗練さが絶妙の割合で同居する、「ごった煮」が完成した。
7年のリリース遅れはファンから見ると憤慨ものだが、マーケット戦略的にジャンル分類したがるレコード会社から
見ると、確かに「売り出しにくい」作品であったろう推測もつくものだ。
こういう異端な作品は、普段ヒップホップを聴かない層の方が逆に受け入れやすいかもしれないので、普段「ラップ
なんて・・・」という先入観がある方にこそ聴いていただきたい作品である。