いわずと知れたカインド・オブ・ブルーのパーソネルによる1958年のニューヨーク、プラザホテルでのライブレコーディング。リリースされたのが1973年というから15年間オクラ入りになっていたことになる。素晴らしいメンバーの名演がなぜ日の目を見なかったのかについて、詳しい事情はわからないが、当時FMで油井正一氏によってこのアルバムが紹介されたときに背筋がぞくぞくしたことを覚えている。同年(58年)のニューポートでのライブがアグレッシブなハイテンポを中心としていたのに対し、ミュートプレイ中心のバラード演奏が特徴であるこのライブは、プラザホテルというハイグレードな場所柄や会場のスペースを考慮してのものなのかもしれない。それでもStraight, No Chaser(モンク)、Oleo(ロリンズ)など、当時良く演奏したフェイバリット・チューンは甘いだけではなく、ハードな一面ものぞかせる。全体に音が反響しすぎ、録音のバランスの悪さも指摘されるが、かえってこのホテルでの臨場感を感じさせ、ライブの雰囲気を伝えている。My Funny Valentineではビル・エバンスのリリカルなピアノ・プレイが見事で、レッド・ガーランドでは出せないクールで透明なタッチと現代性を醸している。この幻の名演はスタンダード・ナンバーによるトレーニングであったが、やがて、すべて彼らのオリジナルによるモード・ジャズの金字塔である1959年のカインド・オブ・ブルーとなって結実するのである。
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