保守派の論客で、積極的な構造改革論者である屋山太郎の新著は、JALの経営について論じたものである。
長年にわたってJALの経営問題をモニターしてきただけに、JALの経営破綻を論じる舌鋒は、鋭くかつ厳しい。
また「構造改革」論者だけに、あくまでも消費者の立場、国民の立場からの発言にはいっさいブレはない。かつて「規制緩和」と意図的に誤訳された「ディレギュレーション」の、1980年代米国における象徴的存在がが航空業界であったことを想起すれば、屋山氏の論点には私は原則的には賛成したい。
ここのところ、マスコミによって「構造改革=市場原理主義」というレッテル貼りがされて、逆風という強い空気が醸成されているが、「フラット化するグローバル経済」のなか、とくにグローバル産業の最たるものである航空会社が自前の経営体力をつけなくて、いったいどうやって民間企業としてサバイバルできるというのだろうか?
現在に至るまで自助努力を怠ってきたのが JALの経営であることは否定できない。数度にわたって試みられた経営改革が徹底しなかったからこそ、現在の状態にいたったのであるという著者の発言は、かつて国鉄分割民営化の作業にかかわったことがるだけに、説得力は強い。
今を去ること25年前、民間企業の鐘紡から招聘された故伊藤淳二会長によるJALの経営改革が失敗した原因についても、本書では「第3章 25年前から続く「お上依存」と「無責任」」で詳しく言及されている。伊藤氏の立てた三大方針が、1. 人事の公平、'2. 不正義の清算、3. 経営の責任体制の確立という、あまりにも真っ当なものであったのにかかわらず、なぜすべてが失敗に終わったのか? これは、本書でもとくに注意して読むべきポイントであろう。
JAL救済のために国民の血税がムダ使いされ、国全体の財政悪化がさらに加速するのであれば、政権がどの政党によるものであるといえ、本末転倒といわざるをえない。
民間企業であるならば、「会社更生法」を利用して自助努力によって再建を図るのがスジというものである。2001年の同時多発テロのあと企業存亡の危機に立たされた全日空(ANA)が、全社あげての経営改革を成し遂げたことと比較すると、JALはあまりにもなまぬるいのではないかというのは、本書を読んだ人なら、おそらく誰もがもつ感想だろう。
最終章のタイトルが 「JALは潰してこそ甦る」となっているが、この結論については当然のことながら賛否両論があると思う。
とはいえ、本書で展開される論点には大いに説得力がある。ぜひ一読をすすめたい。