「モノから文化へ」っていう資本主義の進展、それと呼応するかのような若者たちの「自己表現ブーム」って文脈の中にJポップ現象を位置づけた分析は的を射ていると思う。レコード→CD→カラオケ→着メロっていうハードの変遷や女子高生マーケティング、90年代のJポップ・バブルと新世紀に入ってからの凋落の兆しまで、この10数年のJポップに纏わる重要な事象、問題点はほぼ抜かりなく網羅している。「これ一冊で1つのテーマを概観」って新書のニーズには120%応えている内容だ。
ひとつ違和感を覚えたのは、“「日本のポピュラー音楽が外国と肩を並べた」というファンタジー”ってやつ。思うにそんなファンタジーは、Jポップの出現と軸を一にして消滅したのであって、今の状況って「外国」が意識の中に無いことこそが問題なんじゃないだろうか。つまり、Jポップが洋楽の代用品って感覚を持ってるのは30代以上のおじさん、おばさんであってさ。今や音楽に「洋楽」「邦楽」は無くて、極端に言えば、音楽=「Jポップ」なのであり。こうした傾向って音楽だけではなく、2006年は20数年ぶりに邦画の興行収入が洋画を上回った、なんて話題もあった。タカアンドトシに「欧米か!」ってツッこまれてはじめて、それが欧米由来のモノだって気づくくらい、今って一見、外国に対する「モノマネ意識」や「コンプレックス」ってないよね。本書でも、あまり厳密に捉えていないのが、「J-WAVE」vs「TOKYO-FM」や、「渋谷系」vs「ビーイング系」の対立構図で、前者には外国に対するコンプレックスの自覚があるのに対し、後者はある種の開き直りなんだよね。結局、Jポップ現象って言うのは「外国」を無いものとしてごまかした後者の開き直り組が中心に居た訳でさ。まぁ日本人は「外国には一切無関心。頭には自国しかない」って姿勢を何十年もかけてアメリカから学んだのかもしれないね。