本書は、インドに長年住んで参与観察を行った人類学の本でもなければ、各種の統計データや社会調査結果からインド経済を分析する経済学の本でもない。筆者が自ら認めている僅かなインドでの経験(たった3回短期取材をしただけ)と、他の書籍や調査から得た知識に基づいてインドへの感想を書き留めた程度のものだ。つまりは学術的な価値などはあまりないと思われる。しかし、入念な調査には時間が掛かるし、何よりも特定の側面にしかフォーカスが当てられない。それを考えると、現在の全体像を速報として伝える本書には、それなりに価値があるだろう。インドでは未だに結婚を親が決め、国内での浮気は難しいとか、インドのオリンピックでのメダル獲得数が極端に少ないとか、かつてはペルシャ系のビジネスが好調だっただけだが、昨今のITによる成長には初めてヒンズー教徒が関与しており、しかも、それがカーストの壁を崩す大きな力になっているなど、特にインドに注意を払っていなかった人には新鮮な情報も提供されている。
筆者は本書で多くの仮説のようなものを出しているが、いずれは、他の学者などがもっと精緻に分析することだろう。今インドに興味があり、今までにインドに興味の無かった人には本書は取りかかりとしてはお薦めだ。何よりも読みやすく、筆者の感じたインドの全体象を伝えてくれている。ただし、以前からインドに興味があり、すでに何冊もの本を読んでいる人、もしくは、2010年を過ぎて本書を見つけてしまった人には、別の本を調べてみることをお薦めする。特にインドの貧困問題や不可植民の研究では、良書が他にいくらでもある。インドは、あのアマルティア・センの研究フィールドでもあるのだ。
もっとも残念なところはITが表題にあるにもかかわらず、インド工科大学には言及されているがInfoSysやWipro、Tata Consultancy Servicesについての調査がされていないことだ。これらの会社の調査は、是非改めて行って欲しい。